「次はノーベル文学賞だ」

巻頭随筆

柳 美里 作家
エンタメ 読書

『JR上野駅公園口』の英訳『Tokyo Ueno Station』(モーガン・ジャイルズ訳)が全米図書賞の翻訳部門を受賞した。

 受賞から1ヶ月が過ぎ、いろいろなことがあったのだが、いちばん驚いたのは、地元の反応だった。

 わたしの現在の住所は、福島県南相馬市小高区東町1丁目10番地。東京電力福島第一原子力発電所から北に16キロ地点に位置する旧「警戒区域」である。わたしは避難指示解除後に中古住宅を購入し、表側をブックカフェに、裏側の倉庫を演劇アトリエに改装した。わたしたち家族が日々の暮らしを営んでいるのは、ブックカフェのバックヤードであり芝居の楽屋でもある僅かな空間である。通常の小説家の書斎とは異なり、不特定多数の人々が常に出入りしている場所で、わたしは小説や戯曲やエッセイを書いている。

 11月27日に、南相馬市役所(原町区)には横断幕が、小高区役所と鹿島区役所には垂れ幕が掲げられた。

「祝 全米図書賞受賞 柳美里さん(南相馬市小高区在住)翻訳文学部門『JR上野駅公園口』」南相馬市役所

「祝 全米図書賞受賞 柳美里さん(南相馬市小高区在住)『JR上野駅公園口』」小高区役所

「祝 全米図書賞受賞 柳美里さん『JR上野駅公園口』(旧八沢村出身の男性が主人公)」鹿島区役所

 それぞれ少しずつ文言やデザインが異なる。南相馬市は、2006年に小高町、鹿島町、原町市が合併して誕生した歴史の浅い自治体である。合併の5年後に起きた原発事故の避難区域の線引きが旧自治体の境界とほぼ重なった(線の内外で賠償金や補償金の有無が生じる)ことによって、摩擦や対立が起きている。

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source : 文藝春秋 2021年2月号

genre : エンタメ 読書