鍵を握るのは「光秀の子」と「キリシタン」
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▶︎本能寺の変の謎を解く一つの鍵が、宣教師ルイス・フロイスがイエズス会総長に宛ててまとめた報告書「信長の死について」
▶︎浅見氏が挙げる3人のキーマンは、光秀の息子・十五郎、細川ガラシャ、イエズス会宣教師ニェッキ・ソルド・オルガンティーノ
▶︎伊東氏は、「信長は光秀に家康を討たせようとした。ところが光秀はそれを拒否して逆に信長を討った」という仮説を立てている
(左から)本郷氏、伊東氏、浅見氏
フィクションと学術研究の境目
伊東 浅見先生が昨年出された『キリシタン教会と本能寺の変』(角川新書)は知らなかったことが満載で、とても興味深かったです。
本郷 私も衝撃を受けましてね。浅見先生とは東京大学史料編纂所で同僚でしたからよく存じ上げていますが、キリシタン史研究の第一人者。浅見先生にしか扱うことのできない、ポルトガル語で書かれた一次史料を駆使して変の真相に迫っている。これによって、本能寺の変の研究は新たな段階に入りました。
浅見 ありがとうございます。過大評価をしていただいていますが、私なりの視点は提示できたと思いますから、今日はお二人にご意見を頂ければと思っています。
伊東 それにしても本能寺の変は、いつまで経っても様々な説が乱立しており、定説が出てきませんね。
本郷 織田信長という日本史上最高の有名人が殺された事件ですから、みんないつまでもしゃぶっていたいという思いもあるのかもしれません(笑)。ただ、犯人と被害者はわかっているわけで、殺人事件としてはケリがついている。残された謎は光秀の動機です。2月7日に最終回を迎える大河ドラマ「麒麟がくる」がどう描くのか気になるところですが、時代考証を担当されているのは静岡大学名誉教授の小和田哲男先生。家臣への暴言をはじめとした信長の振る舞いが許せなかった「非道阻止説」を唱えられていますから、これが採用されるのではないかと思っています。
伊東 タイトルからしてそうですよね。麒麟とは、仁のある為政者の治世に現れる聖なる獣ですが、光秀は信長こそが「麒麟」だと思っていたのにそうではなかった。信長の非道を止めるために謀反に踏み切ったのだ、と。
本郷 間違っていたらごめんなさい、ですが(笑)。ただ、大河ドラマは歴史ドキュメンタリーではありませんから面白ければいいんです。
伊東 その通りです。ただ、最近は「これが歴史の真実だ」と荒唐無稽な説を唱える歴史作家の方もいて、フィクションと学術研究の境目があいまいになっている。私は小説家ですから、史実に則っていると言っても基本はフィクションですが、「史料的根拠がないものを書きやがって」と批判されることが度々あります。
イエズス会との密接な関係
本郷 動機を巡っては、信長にいじめられていた「怨恨説」や、足利義昭や朝廷が指示を下したとする「黒幕説」などがありますが、江戸時代の物語などを史料としていて学問的ではありません。唯一学説として成り立ちうるのは最近注目を集めている「四国説」くらいです。
浅見 信長は土佐の長宗我部元親に対して四国の領有を容認していたものの、それを反故にしたために元親との折衝役だった光秀は面目を潰されてしまった、と。ただ、これだけで信長を討つことを決意したと考えるのは難しい。これまで、数多くの歴史研究者が信頼性の高い一次史料を元に研究してきましたが、やはり動機はハッキリしません。
本郷 人間の心の内はどこまでいってもわかりませんから、そこに踏み込まないというのが歴史研究者の見識ともいえます。ただ、そうした中で浅見先生はこれまでの構図を覆す破壊力のある説を提示されました。
色々とお聞きしたいことはありますが、まず、私がうならされたのは浅見先生が使った史料です。イエズス会宣教師のルイス・フロイスがまとめた「信長の死について」を紹介されていますね。
浅見 これはローマのイエズス会総長に宛てた報告書です。当時の日本には多くの宣教師がいましたが、フロイスは日本で起こったできごとを「年報」にまとめる責任者。本能寺の変は重大事件ですから、通常の「年報」に加えて別の形で「信長の死について」を作ったわけです。
本郷 よくメディアの方から「目が覚めるような新史料が出てくることはありませんか?」と尋ねられますが、日本の史料は調べ尽くされていますから、新発見はほとんど期待できない。あるとすれば浅見先生が扱われたような海外の史料ですが、普通の研究者はポルトガル語の史料なんて読めません。浅見先生はヨーロッパに留学されていましたよね?
浅見 2年間、主にスペインで勉強していました。「信長の死について」は、これまでも日本語に翻訳されたものがありましたが、今回はローマのイエズス会文書館の原本に当たり、翻訳掲載の許可も頂いたのです。すると、これまで知られていた日本語訳とはいくつか異なる点があることがわかりました。改めて詳細に分析することで、明智家とイエズス会がかなり近しい関係であったことがわかり、変の実情がもう少し見えてきたのです。
織田信長
信長の「自己神格化」は本当か
伊東 ただ、フロイスは当時九州の口之津(現・長崎県南島原市)にいましたよね。変が起こった京都からは離れていることもあり、「フロイスの創作だ」とも言われています。
浅見 そういう批判に対して、「本当にそうなのかな」と疑問を持ったことが研究のきっかけです。結論から言えば、「信長の死について」は極めて信頼性が高い。これまではフロイスが独自に執筆したものと考えられてきましたが、実はフランシスコ・カリオンとシメアン・ダルメイダという京都と安土に滞在していた宣教師の書簡を元にまとめられたことが考えられるのです。
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source : 文藝春秋 2021年2月号