『旅ごころはリュートに乗って』(平凡社)という本を昨年の秋に上梓した。
リュートとはヨーロッパの古楽器で、洋梨を縦に割ったような形状の、棹が90度に折れ曲がった撥弦楽器である。先祖はアラブ世界のウードで、東へ渡って琵琶となり、西へ渡ってリュートになった。ルネサンス期にはヨーロッパで全盛期を迎え、「楽器の女王」と呼ばれるほど愛好された。直線と曲線が調和したその姿形は画家たちを魅了し、デューラーやティツィアーノ、エル・グレコやカラヴァッジョたちに描かれた。が、複雑化を極める西洋音楽の需要に対応しきれず、18世紀半ばに一度、表舞台から消えた。
この楽器に関心を抱くようになったのは、1591年に天正遣欧使節がこの楽器を豊臣秀吉の前で演奏した、と知ったことがきっかけだった。
キリシタンに関心のあった私は、あの時代と自分をつなぐ仲介者のような存在を探していた。時代の手触りを感じられる何かがほしい。同じ楽器を弾いたら、彼らの心情に少しは近づけるかもしれない。「そうだ、リュートを習ってみよう」と、軽い気持ちで習い始めたのだった。
それから8年がたち、いまは諸事情からレッスンを休止しているが、この楽器の魅力を一言で言えば、一度消滅したことだと私は思っている。
宗教音楽に端を発した西洋音楽は、複雑化の一途をたどった。リュートのたおやかな音色は、他の楽器に簡単にかき消されてしまう。そして多くの音階を表現できる鍵盤楽器に負けじと、弦を増やして巨大化したところ、弾きこなすことが困難になってしまった。リュートはその時点で、楽器の生存競争に負けた。
しかし、そこで時間が止まってしまった点こそがリュートの魅力なのである。弾く曲を探すにしても、何百年の時を遡らなければならない。この楽器を弾くには、常に時空を越える必要があるのだ。
天正遣欧使節の演奏も、リュートを手にした後では、まったく異なって感じられる。
4人が秀吉の前で演奏したのは、8年に及ぶヨーロッパ周遊の旅を終えたのちの1591年のことだった。
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source : 文藝春秋 2021年2月号