子供の頃は、100円を片手に駄菓子屋に駆け込めば、買いたいものが全て手に入りました。すもも、ソースいか、あんず、スーパーボール。シルバー色にキラキラ輝く、100円玉。紙幣に描かれた聖徳太子よりも、伊藤博文よりも、誰よりも強い光を放ちながら、私が駄菓子屋を彷徨い続ける間、ギュッと握り締められていました。買い物が終わると、私の手の平はかすかに100円玉から移った金属の匂いが残り、当時は消毒せずにそのままお菓子を頬張っていたものです。100円玉に刻まれた数字は100度で沸く熱湯のように、大好物の駄菓子を見て興奮する私の血もグツグツしていました。
お菓子と100円玉が全てだと思っていた時代もいつしか終わると、お年玉の袋から覗く聖徳太子に心躍らせる時期がやってきました。流行りの文房具や大好きだったウルトラマンのフィギュア、100円では買えないものがほしいと思うようになり、一番大きな紙幣を使うと「おつり」が出ることを覚えると同時に、お年玉を使わず「貯金する」という選択肢があることも学ぶ。子供なりに、お金の価値を少しずつ見直すようになったのですね。
やがて、高校に通いながらモデルを始め、自分で稼いだお金を自由に使えるようになりました。初めてのバイト代で購入したものは、カセットテープが2本入るミニコンポ。親からもらった100円を握りしめ、駄菓子屋に駆け込んでいた頃のように、ワクワクしながら家電量販店に向かったことを30年経った今でも鮮明に覚えています。すごくうれしかったし、気持ち良かったし、誇らしい気持ちでいっぱいでした。
それからお菓子を大量買いしたりと、小さな「大人買い」も経験し、「大人っていいなぁ、最高だなぁ」なんて口にするようになった矢先、あることに気づいてしまったのです。いくら自分があくせくがんばって稼いだお金でも、買えないものがこの世にたくさんあるということを。愛情、友情、健康、家族、色々とあることはもちろん理解していましたが、私はその時に「背筋」がとってもほしかったのです。そうです、土俵際で戦う力士が「エイッ!」とイナバウアー並みに反り返り、投げ技を決める時に浮き出る背中の筋肉。あれ、いくらで買えますか?
父は生前、アマチュアで活躍したゴルファーでした。私と同じような体型をしていて、若い頃から筋肉が付きにくい体質だったそうです。プロゴルファーだった祖父も、写真を見るとかなり細い。これも家系なのか、と納得してしまうような痩せ型の遺伝子が体に組み込まれています。とは言え、スポーツ選手として活躍した2人ですから、細身ながらも絶え間ない努力で最大限の筋力を付けていったのでしょう。筋力アップの方法、筋肉への近道を伝授してもらえば良かったのかもしれませんが、時すでに遅し。あとは、地道なトレーニングで筋力を付けるしか、他に道はなさそうです。
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source : 文藝春秋 2021年2月号