高校3年時に小説家デビューし、しばらくは贅沢な暮らしなどできなかったが、段々と余裕がでてきて、ここ数年で自動車やバイクを買った。10代の頃は何台も自転車を持ち、キャンプツーリングをしたりしていた。自転車は己の体力に大きく依存した乗り物であるため、速く走るほどそれだけ自分が優れた人間である気がして、時速30キロ以上のペースで走っては悦に入っていた。
だから、内燃機関を搭載した自動車やバイクに趣味性を見出しながら乗っている人たちを、格下に見ていた。アクセル操作でスピードを出すなど、肉体の堕落した人間でもできる。
月日は流れ、31歳のときに自動車を買った。公共交通機関が張り巡らされた東京住まいだと不要なのだが、電車移動では見られない風景が見たいと、なんとなく思ったのだ。高速道路を利用し遠方へ行く楽しみは、格別なものだった。『走ル』という自転車小説で書いたのだが、自動車は音楽をかけたりお気に入りのグッズを置いていたり、半分家のような状態で移動するのがダサい。一方で、半分家のような乗り物だからこそ、かまえず乗り出せて遠くまで行けてしまう気軽さもある。忙しくなった人間にとっては、思いついてすぐ遠くへ行ける効率の良さがよかった。
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source : 文藝春秋 2021年3月号