『フジモトマサル傑作集』に、私はこの冬どれだけ楽しませてもらったことだろう。安全安心な自宅のソファで毛布にくるまり、どこに行かなくても、夜道を濡らす雨の匂いを嗅いだり、凪の海で小舟に揺られているような気持ちになれるのです。
漫画家、イラストレーターの故フジモトさんが描いたのは、ひょうひょうとしていて、どこかわがままそうで、ちょっととぼけた愛らしい動物たち。不思議なのはレッサーパンダも猫もウサギも、人間と対等にそこに「いる」こと。2羽のカラスがクロスのかかったテーブルにつき、良い香りのお茶を勧めてきたりする。明らかに異世界ですが、ここではある秩序が保たれたまま物語が進むため、読んでいるうち「あれ? あれれ?」とこちらの脳が軽くショートし始める。映写室で一人、誰かが個人的に作ったSF映画を、8ミリフィルムで見ているような不思議な感覚……(って伝わりますように)。
美しいプロポーションのヤカン、シンプルだけど可愛いラジオ、しゅっとしたスポーツカーなどにも心奪われる。無機質なビルでさえも美しい。線の一本一本に感じる誠実さは故フジモトさんの人となりそのものでしょう。村上春樹、森見登美彦、長嶋有、穂村弘等々、名だたる作家の装画を手がけてこられたのも頷けるし、今日それらの本をまた手にとっても感動は新鮮なままなのです。
本書で私が一番好きなのは、「アナグマ博士の睡眠研究所」という短編シリーズ。悩める人々を迎え入れ、夢の中にまでするりと入り込むアナグマ博士。熱血でもクールでもない、独特の平熱感で解決の糸口を提示してくれる。あのアナグマが素敵で賢いっていう感覚は初めてだなあ。しかもかわいいって、これは最強ではないか。ふにふにした口元、手先の丸み、小さな耳にきゅんとします。
冬の夜にちょっとずつ味わいたいのは『アイヌと神々の物語』。
自分の日々の営みがどれだけ自然から隔絶された「作られたものに囲まれた生活」であるか、この本に触れるとよく分かる。収録された話は北海道沙流(さる)地方のウウェペケレ。いにしえから語り伝えられてきたアイヌの昔話です。著者はアイヌ民族から国会議員になった初めての方。祖母などから聞き集めた話を中心に執筆したのだそう。アイヌの人は先人たちの物語を空想の世界とは捉えずに教訓やお手本として様々なことを学んでいたのだとか。人間以外のすべてのものにも精神は宿っているという彼らの考え方は、たとえば私の通った幼稚園での教え、(個人的な話で恐縮ですが)今でもいつも思い出す「えんぴつ一本にも心がある、たいせつに扱いなさい」という言葉にも繋がるような気がします。
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