菅総理よ、異論を聞く耳を持て

橋下 徹 元大阪市長・元大阪府知事
ニュース 社会 政治
政府の迷走はなぜ終わらないのか

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▶︎菅総理は最初に自分で「正解」を設定するため、異論を聞き入れる余地がなくなってしまっている
▶︎今の日本はルールや指標にもとづいた判断をせず、完全に「勘」だけで国家運営をやっているようなもの
▶︎「トップの判断の仕組み」「ルールや基準・指標の明確化」を早急に整える必要がある
橋下徹
 
橋下氏

日本の政治・国家システムの問題点とは?

 菅義偉政権の発足から約5カ月が経ちましたが、ここに来て支持率が急落しています。「GoToキャンペーン」や「2度目の緊急事態宣言」を巡る大混乱が影響を与えたのでしょう。ここで今一度、日本の政治・国家システムの問題点について整理しておきたいと思います。

 僕自身は菅政権の誕生に大きな期待を寄せていただけに、今の状況は残念でなりません。政権発足時から「携帯電話料金の値下げ」「行政のデジタル化」「縦割り打破」などを掲げて、歴代政権がなかなか手をつけてこなかった難題にチャレンジする姿勢を見せました。ただ改革を掲げるだけではなく、行動力もあった。デジタル庁を新設、河野太郎さんを行政改革担当大臣に任命して、改革のアクセルを踏んでいきました。

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河野行政改革担当大臣

 菅総理は、大体の“正解”が分かっている課題を処理するのが非常に得意な方です。例えば携帯電話料金の値下げについては、携帯事業会社以外は誰も反対しません。国民はみんな、携帯料金が下がったら嬉しい。行政のデジタル化に伴うハンコの廃止もそうです。ハンコの業者以外はみんな「あんな面倒な手続きはなくなればいい」と思っている。

 このように理想や方向性が定まっていれば、あとはその実現に向けてスピーディーに取り組むのみ。抵抗する官僚勢力には睨みをきかせ、時には人事権を駆使して、多少強引にでも物事を動かしていく。それこそが菅総理の最大の強みでした。朝日新聞は批判していますが、僕自身はこの政治手法を非常に評価しています。これくらいのことをしないと、改革なんて永遠に実現しません。

コロナに「菅方式」は通用しない

 菅総理はこの“基本戦術”をコロナ禍でも続けています。朝から晩まで様々な業界の人との会食を設け、個別に話を聞いて「いまの課題」を見つけていく。今年1月には東京慈恵会医科大学の大木隆生教授と面会し、「医療崩壊」についてアドバイスを受けたことが話題になりました。様々な人と会うことで、菅総理なりのコロナ対策の“正解”を見つけようとしているのだと思います。

 しかし、この手法が通用するのはある程度正解の分かる、平時の政治においてのみです。コロナ禍のような有事の政治では、何が正解かが全くわからない。菅総理は「正解がある程度わかる」状況における戦術を、「正解が全く分からない」状況にも適用してしまっているのです。そのため、菅総理の“強み”が“弱点”になっています。

 それが最悪の形で露呈したのが、「GoToトラベル」の問題です。この事業については、最初に菅総理が“正解”を決めてしまった。「コロナ禍での自粛によって旅行業界が大打撃を受けている。需要を喚起しなければならない」と、このように目標設定をし、それを強引に推し進めてきました。

 ところが12月になると全国で新規感染者数が急増し、国民や与野党議員からはGoToトラベルへの異論が一挙に噴出してきた。最初は頑なだった菅総理も民主政治では世論を無視するわけにはいかず、急遽「全国一時停止」という方針転換が起こりました。水際対策についても11カ国・地域とのビジネストラックは維持すると主張していましたが、自民党からの反発を受けて一斉に停止に踏み切った。この一連の過程によって多くの国民には、菅総理に一貫性がなく、迷走しているように見えたわけです。

 つまり、最初に自分で“正解”を設定するため、異論を聞き入れる余地がなくなってしまっているのです。この混乱から抜け出すために、これまでの菅総理のやり方とは異なる判断・決定の仕組みが必要です。

 ここで「裁判方式」を提示したいと思います。これは僕自身の弁護士経験から確立した方法で、知事・市長として府政改革・市政改革を断行するときにフルに実践したものです。まずトップは裁判官の立場に立ち、トップ以外の政治家や専門家など他の人たちを原告・被告のような形で二手に分けて、一つのテーマについてガンガン議論してもらう。百家争鳴の状態は、学者や論説委員だけの議論ではいいかもしれませんが、国民に対して責任ある決断をしなければならない政治の議論には不向きです。賛成・反対にきっちり分かれるべきでしょう。そして激しい議論を目の当たりにした上で、最後に裁判官役であるトップが裁定を下すという仕組みです。

 過去の例を見ると、小泉純一郎元総理の下で開かれていた経済財政諮問会議では、小泉さんが議長に座って、このようなプロセスで意思決定が下されていました。

「裁判方式」で気を付けるべきは、トップが先に結論を決めてしまってはいけないということです。失敗例は、民主党政権時代の「事業仕分け」。当時、蓮舫さんのスパコン事業に対する「2位じゃだめなんですか?」という厳しい追及が話題になりましたが、裁定を下すトップがあのように議論に入り込んでしまってはいけません。あれは蓮舫さんが「裁判官」でありながら、「検察官」の役割も担ってしまったようなものでした。

 この事業仕分けでは、トップが最初から「補助金を削減すべし」という結論を立ててしまったので、予算要求する官僚たちは言いたいことが言えず仕舞いになってしまった。そのせいで予算を否定されたことに納得できなかった官僚たちは、財務省に駆け込んで予算を復活させたりしていたのです。

 GоToトラベルについても、菅総理は蓮舫さんと同様に、「この事業はなんとしてもやるべきだ」と先に自分で結論づけてしまった。そのため、尾身茂会長が率いる政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会からの「GoTo反対論」を無視しているように見えてしまったのです。

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専門家会議

「裁判方式」で大激論

 2度目の緊急事態宣言発出の際も、菅総理はこの「裁判方式」を取り入れるべきだったと思います。

 緊急事態宣言を巡る判断も、いつ発令すればいいかという“正解”なんて誰も分かりません。もちろん宣言を出すのは早ければ早いほど感染拡大抑止の効果がありますし、医療現場は助かります。一方で、宣言を出して社会経済活動の自粛を求めれば、飲食店関係者など、路頭に迷う人たちも少なからず出てくる。このように立場が全く異なる人達が存在するので、発令時期について100%完璧な正解なんてありません。どんな結論を出しても、必ずどこかから批判が噴出してくる。これは決断する当事者の立場に立たなければ分からない苦悩です。緊急事態宣言が出ても収入が全く減らない「モーニングショー」(テレビ朝日)の玉川徹さんのように、とにかく「早く出せ出せ」とは言えないわけです。

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source : 文藝春秋 2021年3月号

genre : ニュース 社会 政治