突然、2倍になった病床数。東京都の数字は信頼できるのか
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▶︎小池都知事の姿勢は一貫していた。どうすれば自分がちゃんとやっているように見えるかは、一貫して考えていた
▶︎東京都と国の意地の張り合いによって翻弄されているのは、都民をはじめ、国民
▶︎小池の発信は、常に「国」「緩み」「若者」と、感染を広げている「誰か」を作り出すことに向けられていた
石戸氏
都知事のパフォーマンスの裏側で
年明け1月2日、東京都知事・小池百合子は、千葉、埼玉、神奈川の知事たちを引き連れ、コロナ対策担当大臣・西村康稔と対峙していた。
結果、2度目の緊急事態宣言を引き出すことに成功する。「国の対策が遅い」という世論の不満に応えた小池は、「積極的にコロナ対策に取り組んでいる」と、強くアピールすることにも成功した。
ところが、そうした派手なパフォーマンスの裏側で、不満の声が各所でくすぶっていた。「のど元過ぎれば……」となる前に、彼らの声を残しておこう。
東京でコロナ対策に取り組んでいる医療関係者は苦々しげに語る。
「小池さんの姿勢は常に一貫していましたね。医療の提供体制を改善したり、感染者数を減らそうとしたりする取り組みは場当たり的だけど、どうすれば自分がちゃんとやっているように見えるかは、一貫して考えていた」
23区内の保健所で新型コロナ患者の入院調整にあたっていた職員は、「負けパターン」に突入していたと振り返る。
「区内の病院がいっぱいになっているのに、区外の大病院からは患者の受け入れが断られる。区をまたぐ入院調整は現場では難しい。都に仕切ってもらわないといけないのに、オペレーションが機能しているようにはまったく思えなかった。東京の医療資源は日本で一番恵まれているのに、これでは勝負にならない」
厚労省関係者はこう証言する。
「行政が病院連携を主導しようとした大阪や神奈川に比べ、東京はあきらかに保健所や病院まかせ。第3波の東京で起きていたのは、保健所機能の崩壊ですよ」
これらは、すべて同じ質問に対する答えだ。
——新型コロナ対策で重要なのは、人口1400万人を抱える東京都の対応だ。第3波では、国だけでなく東京都も後手に回っていたのではないか。東京のどこが「脆弱」だったのか、と。
小池都知事
かたよったコロナ対策
この1年間、医療崩壊を防ごうと奮闘した現場の医師たちを取材すると、「災害医療の知見を応用した」と語る人々が少なからずいる。
災害医療とは、多数の負傷者が同時に発生するなどして、医療の需要が、供給される医療サービスのキャパシティを上回る状態での医療を意味する。第3波が襲来したとき、東京の一部では災害時のように医療体制は崩壊寸前だった。新型コロナウイルスの感染拡大はまさに「災害」である。
こうした事態に面したとき、取れる方法は2つある。1つは医療の需要を抑え込むこと。コロナでいえば感染者数の抑制だ。感染拡大を防ぐため人と人との接触を避ける。クラスター(集団感染)を早期に発見するために、積極的な調査をする。飲食時は感染リスクが高いとされているので、飲食店の時短営業を要請する。営業の自由などを制限する緊急事態宣言は、現状の日本で最も強力な措置だろう。
第2の方法は、限られた医療資源をより効率的に配分することだ。地域の大病院が主体となって重症患者を診て、それ以外の病院には軽症と中等症、回復期の患者の受け入れという役割を割り振る。コロナ専用の病棟を設けて、そこに医療資源を集中させる等の方策がこれにあたる。
この需要抑制と医療資源の配分は対立するものではなく、同時に整えなければいけない対策の両輪だ。
ところが、これまでの小池の言動は前者に偏っていなかったか。
新型コロナ患者を多く受け入れてきた、ある基幹病院の医師が、なかば呆れ気味に語った。
「東京のコロナ専用病棟の設置は明らかに遅かったし、病院同士の連携も、第1波のときから医師が個人のネットワークでやってきた。『先生の依頼だから今回は受け入れます』と何度も言われましたよ。いったい都の対策は“何周遅れ”なんでしょうかね」
2ヶ月半にもわたった緊急事態宣言が終わった今、あらためて問うべきは、今後、第3波を超える感染拡大が起きた時、東京都はそれに耐えられるのかということだ。それは同時に、東京のリーダーとしての小池知事が、「災害」時にふさわしいのかという問いでもある。
これまでの東京都のコロナ対応を検証することで、この問いの答えをさがしていくことにしよう。
閑散とする繁華街
突然、倍増した病床数
東京都の発表する数字は信頼できるのか——。そうした疑念がインターネット上で広がったのは、2月のことだった。その発端は弁護士・楊井人文がネットにアップした検証記事だ。楊井が着目したのは厚労省が発表した2月23日時点でのデータで、突如として東京の重症者病床の使用率が大幅に下がったことだ。1週間前までは86%とされていたのに、一挙に33%となったのだ。これは最も深刻な「ステージ4」から、解除の目安となる「ステージ3」相当の数字へと劇的に改善したということになる。
使用率が下がったのは、東京都の重症者病床数が、500床から、1000床へと倍増したからだ。なぜ、こうした事態が生じたのか。
その背景には重症者の定義が、国と東京都では異なっていることがある。国は「集中治療室(ICU)等での管理、人工呼吸器またはECMOによる管理が必要な患者」を重症者としている。ここで「集中治療室(ICU)等」とあるのは、高度治療室(HCU)に入っている患者も重症者に含めているからだ。
一方で東京都は、ICU在室者の全てが必ずしも重症ではないといった理由で、「人工呼吸器管理またはECMOを使用している患者」を重症者としている。
国の基準を「広義の重症者」、都の基準を「狭義の重症者」といえば分かりやすいだろう。
重症患者の定義が異なるため、それを受け入れる病床の基準も、国と都では異なっているのだ。
2月に東京都の数字が倍増したのは、国の依頼に応じて国基準の患者を受け入れる病床数について調査した結果だと、都は私の取材に書面で回答している。現在は確定した数字として1024床と国へ報告している。
国と都の齟齬について、厚生労働省新型コロナ対策室長は、対面取材に応じて、こう語った。
「厚労省としては、感染状況を調べる上でも、病床使用率は重要な指標であり、早期に全国で同一の基準で揃えたいと働きかけていました」
これにようやく都が応じたのが、今年2月だったというわけだ。
では、これまで厚労省が発表してきた500床とは何だったのか。都の回答には「国はこれまで、都基準による計画上の最大確保数500床を使用」とある。
ここで注目すべきは「計画上の」という言葉だ。では、都の重症者向け病床数は実際にいくつあるのか。東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」では、332という数字を公表している。
これが「医療機関からは医師・看護師等の体制を取ったうえで実際に重症者を受入可能な病床として報告を受けて」(東京都福祉保健局)いる数字だという。
ここで整理しよう。東京都の重症者向け病床数は、この2月まで厚生労働省が発表してきた500床ではないし、2月下旬以降の1000床でもない。東京都の回答を額面通りに受け取れば、最大でも332床にすぎない、となる。
病床使用率は100%以上?
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source : 文藝春秋 2021年5月号