及川氏は1969年生まれ。宮城県石巻市出身で、東京女子大学を卒業した1991年、ポーラ化粧品本舗(現・ポーラ)入社。2020年1月、ポーラの代表取締役社長に就任し、日本の大手化粧品会社で初の女性の経営トップとなった。そんな及川氏は「私の役割はコンフリクト(摩擦)を作ること」と語る。
及川氏
「ピンチはチャンス」の会社員人生
社長に就任したのは昨年の1月ですが、いきなりコロナ禍に直面しました。緊急事態宣言が発令されたため、対面販売ができなくなり、オンラインでの接客、販売への対応に追われることになりました。
ただ、この事態がポジティブに働いた面もあります。社員の中に「前を向いて新しいことをやらなきゃ」という気運が生まれてきたのです。
思えば、私は「ピンチはチャンス」という会社員人生を歩んできました。このコロナ禍も社内改革を進める契機にしたいと考えています。
コロナ禍で大きく変化したことのひとつは、テレワーク(リモートワーク)の定着です。緊急事態宣言中は全社で2割以下、宣言の出ていない時期でも3割程度の出社率で推移しています。
コロナ以前からテレワークの制度はありましたが、利用しにくい空気があり、育児や介護などと両立が必要なときだけ使うもので、社員全体には普及していませんでした。
弊社は社員の約2.5%が産休・育休中で、時短勤務の人も少なくありません。ところがテレワークなどの制度を利用するのに、「すみません」と謝ってしまう。制度を利用することは何も悪くないのに、「私ばかりわがまま言って」といった意識になってしまうのはよろしくない。そうした風潮を変えようと以前から思っていました。
そこで取締役だった2018年、東京五輪・パラリンピック期間中には出社を控えてほしいという通達が東京都からあったので、テレワークを推進するチャンスだと、準備を始めました。人事部を中心に各部署に担当者を置き、移動を制限されても業務を止めないシミュレーションをしていたのです。本番が数か月前倒しになりましたが、スムーズに実施できました。コロナが後押しとなって、テレワークが「わがまま」でなく「当たり前」になったのです。
私も、最低何日と決めてテレワークをしていますが、これは上の立場の人間から行ってみせるのが社内の「空気」を変えるためには大事だと考えてのことです。
業務習慣というのは数十年かけて組織内で培われ、普段は意識しない空気のようなもの。皆が当たり前だと思っているので、意識的に変えないとすぐに復元力が働きます。私が出社すれば秘書が出ざるを得ないだけでなく、会社は出社を望んでいると誤解する社員もいるでしょう。
そのため私だけでなく役員陣も自宅で仕事しています。オンライン会議も人間らしさを感じられていいですよ。会議中、参加者の家のチャイムが鳴り「宅配便が来たからちょっと待って」とか、飼っている猫が画面を横切るとか(笑)。生活があるのはどんな立場でも同じですから。
最近の社員アンケートでは、出社は週1回程度が望ましいとか、通勤時間が減って思考する時間が増え、ワーク・ライフ・バランスも向上したといった声が目立ちます。
社員が声を上げはじめた
もっとも、テレワークは手段であり、目的は「いかに社員のパフォーマンスを上げられるか」です。
その点、さらなる嬉しい変化が起きています。社員が能動的になりはじめたことです。オンライン会議だと、発言なり何らかのアウトプットをしないと、参加していること自体が見えにくく、その人の存在意義が問われます。そういうなかで、若い世代から新規事業の提案が出てきたり、ワーキンググループが次々できたりしています。
以前なら会社側から「こういうタスクを作りなさい」と招集されるケースが多かったのが、今は自発的にSDGsの勉強会をやったり、オンラインビジネスのワークショップをしたり、男性育休の復職者支援のグループが立ち上がったり。社内で見過ごされてきた様々な課題が顕在化したと感じています。
そもそもポーラは同質性が高い企業です。似たカテゴリーの商品を90年以上扱い、販売を担うビジネスパートナーもポーラ専業。創業から長らくオーナーカンパニーだったこともあり、ファミリー感が強く、周囲と協調して円満に仕事をしたい社員が多い。要はコンフリクト(摩擦)が少ないのです。社長である私が、「右向け右」と言えば、皆が右を向く可能性も否めません。まだまだ年功序列や終身雇用も残っています。
しかし同質性の高い集団のまま、阿吽の呼吸で合意形成しているだけでは思考が深まりません。だからあえてコンフリクトを作り出していくのが私の役割です。社員には「右向け右」ではなく、「あなたたちは何がしたいの?」と問いかけ続ける。その結果、社員が自ら声を上げるようになってきたことに手応えを感じています。
大分県と女性活躍推進で連携
子会社へ異例の出向
私個人も入社3年目の「ピンチ」が転機になりました。予期せぬ出向を命じられたのです。同じ本社営業部の先輩と結婚することになり、上司に報告すると、「いやー、困ったな」と返ってきました。当時は社内結婚した夫婦は同じ職場で働けないという不文律があり、ほぼ男性が異動していたのですが、上司が口にしたのは、「及川さん、異動してくれる?」でした。
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source : 文藝春秋 2021年7月号