理想的な外交官の7つの資質/『外交』ハロルド・ニコルソン

ベストセラーで読む日本の近現代史 第62回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 読書

 9月20日に行われた自由民主党総裁選挙で、安倍晋三首相が石破茂氏を破り、当選した。これで安倍政権が存続することになった。安倍首相は、これから外交にシフトしていくことになると思う。そこで注目されるのが北方領土交渉だ。

 9月12日、ロシアのウラジオストクで行われた東方経済フォーラムの席上、ロシアのプーチン大統領が、今年中に日本との平和条約を締結しようと提案した。日本では、プーチン大統領が、突然、北方領土交渉を先送りして、平和条約を締結するという変化球を投げてきたと受け止める報道が多いが、間違った解釈と思う。

 まず、プーチン大統領が「1956年の日ソ共同宣言は、調印しただけでなく、日本とソ連の双方で批准された」と述べていることに注目する必要がある。日ソ共同宣言の九項には、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と記されている。平和条約締結後、ソ連は歯舞群島と色丹島を日本に「引き渡す」ことを約束している。「引き渡し」という中立的な文言が用いられているが、日本の立場からは、返還と解釈することが可能だ。

 他方、ロシアからすれば、「クリル諸島」(北方4島と千島列島に対するロシア側の呼称)は第二次世界大戦末期に連合国の取り決めによって合法的に日本からロシアに移転したものなので、返還ではなく、贈与することになる。もっとも日本からすれば、当時有効だった日ソ中立条約を侵犯してロシアは北方四島を奪取したので、歯舞群島と色丹島を贈与すると言われても筋が通らないので受け取るわけにはいかない。そこで「引き渡し」という中立的な文言を用いて、日本は返還、ロシアは贈与と解釈し、お互いの解釈についてはあえて詰めないという外交の知恵が共同宣言に現れている。

平和条約の年内締結も可能

 本年中に、歯舞群島と色丹島の主権は日本に、国後島と択捉島の主権はロシアに帰属させる平和条約を締結することは、安倍首相とプーチン大統領が決断すれば十分可能だ。この平和条約に、「歯舞群島と色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続した上で策定する」と定めれば、法的には歯舞群島と色丹島が日本領であることが確定し、領土の帰属に関する問題が解決する。プーチン大統領は、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡しても、米軍がそこに展開するような事態にはならないという言質を日本から取ったので、年内平和条約締結を提案したのだと思う。

 平和条約が締結されれば、国後島と択捉島に対するロシアの統治を合法と認めた上で、両島の土地の一部を賃借し、そこに日本が独自の規則を制定し、経済活動を行う可能性が生まれる。こういう形で国後島と択捉島に日本の影響力を及ぼすことができる。日本外交に絶好のチャンスが訪れている。

 この機会に、英国で職業外交官、下院議員を歴任したハロルド・ニコルソン(1886〜1968年)が書いた外交に関する古典的ベストセラー『外交』を取り上げたい。本書の初版は1939年に上梓されたが、現在も外交官を志す人が読む古典の地位を占めている。

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source : 文藝春秋 2018年11月号

genre : エンタメ 読書