8月15日、アフガニスタンの首都カブールは、あっという間にタリバンに制圧された。そして1週間が過ぎた今日になっても、アメリカを始めとしてこの20年間アフガンに兵とカネをつぎこんできた西欧諸国の混乱はつづいている。1年以上も前からアメリカとタリバン側の交渉は始まっていたのに結果がこれか、というショックによるのだろう。私にもショックだったが、それはちょっとちがって、アメリカ側の情報収集はどうなっていたのかということだった。なにしろ、タリバンを追い落した後の20年にわたって育成してきたはずのアフガン正規軍が、ほとんど抵抗もせずに霧散してしまったのだから。
世界中に醜態をさらしたアメリカの撤退とそれに代わってもどってきたタリバンを、ハイテクで固めた先進大国に対する素朴な愛国意識の勝利とする人がいるかもしれない。しかし、戦争での優位は、このような物質的で感傷的なものにはない。人命を軽視し、つまり犠牲が出ようとビクともせず、兵士の衣食住から衛生状態までが劣悪でもそれこそが常の状態なのだから慣れている、国なり民族なり集団のほうが強いのである。歴史上でも常に、文明の民よりも野蛮な民のほうが強かった。だからこそ、この種の「敵」に勝つために、政略とか戦略とか戦術とかが考え出されてきたのである。
もしもアメリカが今回の醜態にこりて、カリフォルニアのどこかからドローンを操作してタリバン相手に爆弾を浴びせようと、アフガン問題は解決しないだろう。だから私も、アメリカや西欧諸国を非難したりアフガニスタンの女たちの将来を心配するよりも、わが日本の将来のほうを考える気になったのだった。
大統領であるバイデンは、記者会見の席で明言している。自分で自分自身を守ろうとしない人々のために、これ以上アメリカの若者たちを釘づけにしておくことは許されない、と。これはいずれ、次のように言い換えられる時もあるということか。
世界の国々の善意を期待して軍事力は持たないとした憲法を70年以上も変えずに維持する国を守るために、アメリカの若者たちを送ることは許されない、とでも。
尖閣諸島で何が起ろうと、アメリカはもはや一兵も送ってはこないだろう。ドローンでの爆撃で島中をボコボコにして、それで日米同盟の役割は果したと言うだろう。日本全土もわかったものではない。台湾だって安心できない。つまり今度の醜態で、アメリカと同盟関係にあった国のすべてが安心できなくなってしまったのだ。
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source : 文藝春秋 2021年10月号