時代を超越した古典の風格を持つ小説
全米図書賞受賞作。ジェスミン・ウォードはこの後、『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』でも受賞しており、同賞を2度受賞するのは女性作家として初めての快挙だという。
本作は、2005年に多数の死者を出した超巨大ハリケーン、カトリーナが襲来するまでの12日間を、ある家族の日常風景として1日ごとに描く。その「情け容赦のない語り」はすごみのある美しさをたたえ、みごとな構成とともに、時代を超越した古典の風格をすでにしてそなえている。
主人公は15歳の少女エシュ。母親は7年前に末っ子を出産した際に亡くなっており、父と2人の兄、母の忘れ形見である弟と、母の実家である「ボア・ソバージュ(=フランス語で粗野な、野生の森という意味)」で暮らしている。家は貧しく、エシュは兄が白人の家に盗みに入るのを手伝ったりもする。
小説の中では、母のイメージがくりかえし変奏される。第1日は、次兄のスキータが飼っているピットブルのチャイナの出産場面から始まる。スキータはチャイナを溺愛していて、闘犬の賞金や、チャイナが産んだ子犬を売って金を稼ぐことに望みを託している。チャイナは、生んだ子犬を噛み殺す獰猛な母でもある。
エシュの内部では、亡き母の声が何度も再生される。エシュは、兄たちの友人であるマニーの子を身ごもっているが、そのことを誰にも言えない。母の声や、ギリシャ神話の王女メディアの物語を思い出して、答えの出ない問いを考え続ける。
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source : 文藝春秋 2021年11月号