政府にモノ申す硬骨の医師が手を染める脱法的な医療ビジネス
”忖度なしの直言居士”に重大な疑惑
2年前に新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以降、テレビでおなじみになった東京都医師会会長の尾﨑治夫氏(70)。
政府の観光政策に対して「Not Go Toキャンペーン」を提案し、昨年の東京五輪でも「今の状況では開催困難」と開催に異議を表するなど、政府にも忖度なしの直言居士として世間の注目を集めてきた。
尾﨑氏
ところが、こうした表の顔とは裏腹に、尾﨑氏には重大な疑惑が存在する。
歯科治療や美容整形など、様々な分野で「再生医療」の技術が使われるようになっているが、これを行うには必ず審査を受ける必要がある。尾﨑氏の医療法人は、この審査を一手に引き受け、億単位の利益を手にしていたとみられる。さらに審査においては尾﨑氏と妻が役員に入る企業が絡むため中立性が疑われ、利益相反の疑惑も浮かんできた。
ただし、この問題は専門的なため、医療関係者以外には分かりづらい。だからこそ、今まで表面化してこなかったともいえる。
そこで本稿では、主に3つの論点に分けて、疑惑の構図を解き明かす。
(1)再生医療とは何か? そこにどんな問題が隠れているのか?
(2)尾﨑氏は、どのように再生医療の審査に関与しているのか?
(3)尾﨑氏の行為は、一体何が問題なのか?
まずは再生医療のあらましと、その問題点をみてみよう。
黒塗りだらけの報告書
一般的に再生医療とは、「細胞を培養・加工するなどして、身体の失われた組織や機能を回復させる治療」のことを指す。再生医療が日本で初めて脚光を浴びたのは、2012年のこと。京都大学の山中伸弥教授が「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」についての研究で、ノーベル医学・生理学賞を受賞。これを契機として、当時の安倍政権が再生医療を重要分野と位置づけ、成長戦略として推進する方針を決める。
2013年、再生医療の研究・治療について法的な枠組みを定めた再生医療等安全性確保法(以下、再生医療安全法)が成立した。
再生医療に詳しい東海大学・佐藤正人教授は、同法について次のように解説する。
「それまでの再生医療は、有効性も安全性も確認されないまま自由診療で行われ、無法地帯と化していた。どんな治療が行われているのか実態を把握するため、届け出を義務づける法律が作られました。一方、日本はiPS細胞で世界をリードする必要があり、臨床研究にある程度の自由さが求められる。そのため、同法では再生医療の安全性は重視する一方、自由診療の有効性についてほとんど規制はかかりませんでした」
同法によって、再生医療を実施する医療機関は、厚労省への届け出が義務づけられた。その際、医療機関は再生医療等提供計画を作成し、「認定再生医療等委員会」の審査を受けなければならない。現在、厚労省は約160の団体に「認定再生医療等委員会」の設置を認めている。
だが、法律の施行から数年が経ち、綻びが徐々に見え始めてきた。
例えば、認定再生医療等委員会は、民間の参入を認めたため、設置者の大半が民間の医療法人や業者となった。その結果、審査の質や信頼性に差が生じ、適切な審査がおこなわれているのか疑わしいケースも見受けられるようになったのだ。
こうした状況に危機感を抱いた医療関係者から、再生医療の審査制度の見直しを求める声が高まった。厚労省は審査の実態調査を複数の研究者に委託。その調査結果が昨年9月、「認定再生医療等委員会の審査の質向上事業一式 成果報告書」として公表された。
ところが報告書を確認すると、全115頁のうち、43頁の随所に黒塗りが施されていた。全面的に黒塗りされた“海苔弁”の頁もある。黒塗りの下には問題のある委員会の名前が書かれているはずだが、これでは調査のポイントを掴むのも難しい。
そこで筆者は厚労省のサイトで公開されている「届出された再生医療等提供計画の一覧」を調べ、審査の全容を把握しようと試みた。
再生医療安全法では、再生医療の研究・治療はリスクごとに分類される。iPS細胞やES細胞など人体へのリスクが高いものを「第1種」、中リスクのものを「第2種」、低リスクのものを「第3種」と定め、分類ごとに提供計画の一覧が公開されている。
黒塗りにされた報告書
歯科治療の審査を4割占有
奇妙なのは、「第3種・治療」のリストだった。審査を担当した委員会の欄に、次の団体が頻繁に出てくることに気づいたのだ。
〈医療法人社団順朋会再生医療等委員会(※以下、順朋会)〉
現在、届出されている計画は約3500件。そのうち、順朋会の審査件数は約1300件に及ぶ。「第3種・治療」計画の約4割を占めているのだ。さらに、順朋会がおこなった累計の審査件数は約1700件で、歯科の再生医療「CGF」が、約1400件と圧倒的に多い。これは、患者の血液を専用の遠心分離機にかけて、血液凝固作用のあるフィブリンを集めてゲル状にしたものだ。
「CGFは成長因子を多く含んでいるので、インプラントを埋入する骨の再生や、縫合部分の治癒を早める目的で使います。例えば、歯肉を開いて露出した顎の骨の上に、CGFを載せてから歯肉を塞ぐと、治療期間を短縮できるのです」(CGFを使用した歯科医)
一方、厚労省の調査の代表を務めた順天堂大学・飛田護邦先任准教授(歯科医師)は、一般的な歯科の再生医療についてこう語る。
「単なる血液ですから、歯科業界でも評価は定まっていません。QOLを少し向上させることを期待して使うのならいいですが、劇的な効果があるとはまだ言えません」
CGFを使った場合の患者負担は単体で5万円前後だが、インプラントの治療費に組み込んでいるクリニックもある。
歯科再生医療・CGFの審査を数多くさばいている順朋会とは、一体どのような組織なのか?
——じつは同会委員長は、あの尾﨑治夫氏。設置者は、尾﨑氏の妻が理事長を務める「医療法人社団順朋会おざき内科循環器科クリニック」だった。審査委員は全部で10名。
尾﨑夫妻の他、医師1名、歯科医3名。残りは、弁護士と司法書士、そして一般人として、1級建築士とパチンコ業界の団体理事の2人で構成されている。
尾﨑氏は1977年に順天堂大学医学部を卒業後、順天堂大学医学部循環器内科学講座に入局。90年に東京都東久留米市で、おざき内科循環器科クリニックを開業した。
一方で医師会の活動に身を投じ、「こわもての風貌ながら、人の心を惹きつける性格」(医師会関係者)によって頭角を現した。2011年に東京都医師会副会長、15年から都医師会会長に就任している。
20年の日本医師会会長選挙では、横倉義武会長(当時)の5選阻止に動き、中川俊男会長誕生の立役者となった、陰の実力者だ。「次の日本医師会会長の最有力候補」(同前)の呼び声も高い。
だが、尾﨑氏の過去の経歴を遡ってみても、歯科に関わっていた形跡は確認できない。つけ加えると尾﨑夫人も医師ではあるが、循環器専門の内科医である。
役員を務める会社で審査していた
不可解なのは、順朋会の事務局が置かれている場所だ。所在地は、東京・新宿区の「コアフロント株式会社(以下、コア社)」。これまで開催された委員会の会場は、全て同社の会議室となっている。
コア社を調べると、医療機器の製造・販売などをおこなう会社であることが分かった。中でも歯科治療の機器が事業の柱であり、「CGF」の作成に必要な遠心分離機を販売するなどして利益を得ている。
さらに、同社の取締役に尾﨑氏、監査役に尾﨑夫人が名を連ね、2人はコア社の大株主でもあった。
つまり、尾﨑夫妻はコア社の役員・大株主である一方、コア社の商売であるCGFの審査にかかわり、しかもコア社で審査業務をおこなっていたことになる。審査する側が審査される側の関連ビジネスに関与していたことは、重大な利益相反が疑われる。
順朋会の審査委員には、コア社と関係を持つキーマンがもう一人いる。歯学博士の黄炳珍氏だ。公開されている経歴によると、黄氏は北京大学医学部を卒業した元外科医。現在はハルビン医科大学と大連医科大学の客員教授だという。コア社では取締役・学術顧問を務めていた。
黄氏は審査する立場でありながら、堂々とコア社の“営業活動”をおこなってきた。2020年4月に公開された業界向けの記事には、黄氏のこんな発言が掲載されている。
〈私はコアフロント株式会社と一緒にCGFについての研究、普及活動を始めることにしたのです〉
〈私は認定再生医療等委員会の委員をしており、歯科での自家血液製剤を利用する第3種再生医療等提供計画の審査を行っております。歯科の先生方が法律に従い、安全且つ有効な再生医療を提供できるよう全力でお手伝いをさせていただきます〉
また、コア社はCGFについてのセミナーを定期的に開催し、遠心分離機を販売しているが、黄氏はそこでも頻繁に講師を務めている。セミナーのパンフレットには〈CGFの治療には地方厚生局への届出が必要〉と強調され、コア社が各種届出のサポートを行なっている、と添えられていた。あたかも、同社の機器を買い、同社のサポートを受けて順朋会に届け出すれば、審査もスムーズに行く、と言わんばかりだ。
順朋会にCGFの再生医療計画を提出した歯科クリニックは、約1400にのぼる。コア社が販売する遠心分離機の価格は、税別で45万円。審査が通った全てのクリニックが遠心分離機を購入したと仮定すると、約6.3億円の売り上げがコア社に入った計算になる。
はたしてコア社の役員が3人も入った委員会で、CGFの審査の中立性が保たれていたのだろうか。
コアフロント社が入るビル
常識外れの審査件数
もう一つの疑問は、順朋会が膨大な件数を適正に審査していたのか、という点だ。歯科医の経験やクリニックの感染対策はそれぞれ違う。時間をかけて、じっくり検討をおこなう必要があるはずだ。
順朋会でCGFの審査を受けたことがある歯科医は首を傾げる。
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source : 文藝春秋 2022年3月号