縄文時代の「ヤベえ発見」を縦横無尽に語り合う
みうらじゅん賞とサントリー学芸賞
「土偶は縄文人が食べていた植物や貝をかたどったフィギュアである」という仮説を立て、土偶の正体を明らかにした話題の本『土偶を読む』(晶文社)。昨年末に第24回みうらじゅん賞を受賞した著者の竹倉史人氏と、賞を贈ったみうらじゅん氏による初対談。
『土偶を読む』(晶文社)
みうら 昨年の4月に『土偶を読む』が出てすぐに、友人のいとうせいこうさんからお勧めされたんです。買って読んでみたらメチャクチャ面白くて、その時点でみうらじゅん賞の授賞はほぼ決定していたんですが、うちの発表の前にサントリー学芸賞を授賞されちゃいました(笑)。
竹倉 「土偶の謎を解いた」と言い切るスタンスで本を書いて、考古学の権威に挑んだわけですが、逆にアカデミックな世界で権威のあるサントリー学芸賞をいただくというパラドックスが生まれてしまって。
みうら みうらじゅん賞で権威もだいぶ薄まったと思いますが(笑)。
竹倉 ただ、みうらじゅん賞すらも権威になりかけているという新たな問題が発生しているんです(笑)。
竹倉さん
みうら 常々「ケンイ・コスギ(権威濃すぎ)」には気をつけているんですが(笑)。『土偶を読む』は「この土偶のモチーフはこれだ」と明確に書いてあるところも面白いんだけど、助手の人と実際に現地に行って藪の中を探索したり、助手に変な貝を毒味させたりするじゃないですか。あの道中記にワクワクしました。
竹倉 助手の彼は素直で、何でもちゃんと食べてくれるんですよ。
みうら その「ホームズとワトソン」的な関係性も魅力的でした。やっぱりデータだけじゃつまらないから。最初の「遮光器土偶のレプリカを買って、ベッドで一緒に寝た」というところから可笑しかったし。
竹倉 土偶のレプリカは本当に赤ちゃんみたいな感じなんですよ。「遮光器土偶は里芋をかたどったフィギュアに違いない」と思って、自分で里芋を栽培して収穫してみたんですが、半年かけて大きくなった里芋を地中から掘り出すとき、産婆さんみたいな気持ちにもなったんです。
みうら 遮光器土偶が里芋に似ていると、気づいたきっかけは?
竹倉 朝、神社の前を白い服を着て掃いている人がいますよね。死ぬまでにあの仕事をやってみたいとずっと思っていて、もう40歳を過ぎていたんですけど、神社で宿直のアルバイトを募集しているのを見つけて応募して、採用されまして。夕方神社に行って一晩泊って、朝掃いて終わりなんですけど、最後に宮司のお母様と朝食をとるというルーティンがあって。あるときそのお母様が変なものをくれたんです。「これ、何ですか?」ときいたら「里芋を知らないの?」とびっくりされて。
みうら 皮付きのまま渡されたんですね。
竹倉 そうなんです。白くてもちもちした女の子のお尻みたいなイメージを持っていた里芋が、ゴツゴツの怪獣みたいなものだったと知ってショックを受けました。でも、皮をむいて塩を付けて食べたらおいしくて、自分でもスーパーで買って、ふかして食べるようになって。
みうら まず里芋ブームが来たと(笑)。
竹倉 それから2週間後くらいに、大学の授業で土偶を扱うことになったので、パソコンで遮光器土偶の画像を見ていたんです。そのとき、ふと土偶の手足を見て「最近この形、どこかで見た……あっ、里芋だ」と。そのときは半分ギャグだったんですが、調べてみたら、日本人はお米より前に里芋を食べていたという文献が出てきて。
みうら 縄文時代から食べていたならあり得る、となったんですね。
遮光器土偶(『土偶を読む』から引用)
土偶たちが答え始めた
竹倉 その後、山へ行ってオニグルミを見つけて割ってみたらハート形が出てきて、また雷に打たれて「ハート形土偶はオニグルミだ」と思ったんです。ということは、ほかの土偶も絶対食べ物のはずだと。
みうら 2個来たら3個目もそうに違いないと(笑)。
竹倉 〇〇土偶と名前が付いているやつは全部読み解かないと学問として成立しないと思っていたので、2個目がわかったことは大きかったです。そのあと2度あることは3度あるで「椎塚土偶=ハマグリ説」がわかったとき「これはヤベえ発見しちゃったな」と。「お前は誰なんだ?」という私の問いかけに対して、土偶たちが答え始めてくれて。
みうら それを世間では「ノイローゼ」と呼ぶんでしょうね(笑)。
みうらさん
竹倉 2年間毎日、寝ても覚めても土偶のことだけ考えてドキドキワクワクしていました。謎の古文書を自分が最初に解読してやろうみたいなロマンがあるじゃないですか。
みうら 考古学の研究者からしたら、竹倉さんのような新参者が出てきたらウザいと感じるかもしれないけれど、詳しくないからこそ柔らかい発想で思いつくことってたくさんありますからね。松本清張の考古学研究と似たところを感じます。犯人捜しの推理小説みたいで。
美大脳と東大脳
竹倉 今の考古学では「はっきりとわからないことなんだから結論を出しちゃいけない」みたいな空気があるんですよね。一方、教科書には「土偶は女性をかたどったものだ」などと書いてあるわけです。
みうら 「縄文のビーナス」なんて名前のついたものもありますしね。
竹倉 それに違和感を覚えて調べてみようとなったわけです。そのとき、かつて私もみうらさんが卒業した武蔵野美術大学に通っていたんですが、その経験がすごく活きてきました。学問の世界に入る前に美大でデッサンの勉強をしたことで、右脳が鍛えられて、ものの形を見る回路が強化されたんです。
みうら わかります。一度絵に描いてみると理解力が増しますから。
竹倉 美大を中退して東大に入ったら、人種が違いました。同じハトを見ても、東大の人たちはコンセプトが先なんです。鳥類というカテゴリーだったり、生態だったり。武蔵美の友人の場合は、「首のラインが」とか「羽の色のグラデーションが」などといってデッサンし始める。
みうら 骨格のこともやたら言うもんね。
竹倉 研究者というのは、ずっと文献ベースでやっているので、土偶のフォルムそのものをちゃんと見ていないというか……。
みうら そこが作り手と評論家の違いですよね。謎なものって、まず作り手の側に立って見ないとわからないことがありますからね。竹倉さんの本を読んで、自分の中にさらなる「仮説ブーム」が起きたんですよ。千手観音の絵を描いていたとき、ふと「これは樹木なんじゃないか」と閃いたんです。仏像はついつい人型を模していると思いがちだけど、顔さえ取ってしまえば樹木で、異形感はないわけです。1000本生えているとされる腕も、枝だと思えばね。日本の神木信仰とも合致して、当時の人もスムーズに受け入れたフォルムだったんじゃないかなと。それは実際に描いてみないと気がつかないことですから。
竹倉 たしかに、千手観音をラフにバーッと描くと、たぶん木になっちゃいますね。
みうら 僕も遮光器土偶には関心があって、出土した青森県の木造町(現つがる市)も訪ねました。そのとき驚いたことに、地元の人が遮光器土偶のことを「しゃこちゃん」と呼んで「ゆるキャラ」扱いしていたんです。『土偶を読む』の中にも、僕が造語した「ゆるキャラ」という言葉が何箇所か出てきますよね。
ハート形土偶(『土偶を読む』から引用)
何でもキャラ化したい
竹倉 「ゆるキャラ」ってその地方の名物に顔をつけたものが多いですよね。「土偶の顔はクルミや栗の仮面だ」という仮説を立てたとき、自分たちが作って食べているものがキャラになっているという意味で、土偶と「ゆるキャラ」は同じだと思ったんです。フェスに駆り出されるところも似ています。そのことに気づいてから、私の研究がグッと進んだんです。
みうら そもそも「ゆるキャラ」というのは、その土地の特産品をいろいろ盛り込みすぎてゆるくなっていました。これは、八百万の神の発想からきているんじゃないかと前から思ってはいたのですが、竹倉さんはそれをさらに土偶と結びつけた。僕の心にグッとくるのは当然です。
竹倉 縄文時代というのは日本文化の根底にあって、後から仏教とかいろいろ入ってきますけど、結局八百万のほうに全部吸収されていくような気がします。
みうら 日本人はどんなものにも目鼻をつけてキャラにするし、顔がついたものは大切にしなきゃならないという感覚が昔からありますね。
竹倉 日本では針供養とか筆供養とかもしますし、道具にさえ何かが宿っていると考えますしね。
みうら 祟りを怖がる傾向も、諸外国人より強いですものね。
竹倉 コロナ禍になって、日本人はちゃんとマスクをつけている人が多いですけど、あれも真面目な性格というだけでなく、魔よけとか呪術的な意味合いがあるように思えます。八百万のキャラがそこらじゅうに潜んでいて、常に見張られているわけですから。
土偶を何に使ったのか
みうら 今後はどんな研究を?
竹倉 次は「土偶を何に使ったのか?」というテーマで本を書こうと思っています。
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