カナダのケベックで開かれたG7で、トランプ米大統領は首脳宣言案にあった「多国間ルールによる貿易の推進」の文言に反対、早退した。シンガポールに向かう機中、「友人であれ敵であれ、貿易で私たちを食い物にはさせない。米国の労働者を第一にしなければならない」とツイッターに投稿。「保護主義と闘い続ける」と謳った首脳宣言の「撤回」を示唆した上で、「米国市場をあふれさせている自動車への関税を検討する」と威嚇した。
そのシンガポールで行なわれた米朝サミットでは、オレオレ外交を繰り広げ、北朝鮮の仕掛ける“フェイク非核化”の罠に嵌ってしまった。北朝鮮を事実上の核保有国として認め、米朝軍縮交渉をするかのような展開は、今後、米韓、日米同盟をひび割れさせ、北東アジアを不安定にする危険がある。リベラル・インターナショナル・オーダー(LIO)はいよいよ危機的状況に立ち至っている。
LIOとは、法の支配、多角主義、人権、自由を原則とする国際主義的秩序のことである。戦後、それは米国を中心として築き上げてきたブレトンウッズ体制(GATT→WTO・IMF・世銀・G7)の枠組みの下、米国主導の同盟システム(NATO・日米同盟)を基盤とし、さらにウェストファリア条約体制ともいうべき国家主権重視の国際システム(国連・パリ協定)をその基底に置いてきた。
トランプは、そのいずれをも無視し、軽視し、敵視しようとしているように見える。
トランプ現象は、イラク戦争とリーマン・ショックがなければ生まれなかっただろう。ワシントンとウォール街のエリートたちの貪欲と無能に対する国民の激しい憤りが背景にある。
ただ、それにとどまらない。低成長と実質所得の停滞。貧富の格差の拡大。教育格差が世襲的な経済格差として固定するアメリカン・ドリームの虚妄。横から割り込んでくる移民や異人種によって社会的地位を失うと感じる人々の喪失感と反移民感情。少数民族や女性やゲイが唱導する多様文化主義に対する保守層の違和感と反発……などが根底に横たわっている。それは、一過性の現象ではない。
しかし、LIOを危機的状況に追いやっているのはトランプの米国だけでない。中国とロシア、なかでも中国の地政学的挑戦がその土台を突き崩しつつある。中国は、LIOは米国の覇権維持のための秩序であり、中国が弱かった時の産物であると見なしている。たしかに、それは過去30年の「中国の奇跡」をもたらす上で役に立った。ただ、中国がここまで大きくなるとむしろ邪魔なところが多くなっていると感じている。2017年の第19党大会での「同盟体制をパートナーシップ体制に代える」方針の確立もその現れである。
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source : 文藝春秋 2018年08月号