著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、堀江重郎さん(順天堂大学教授・泌尿器科医)です。
泌尿器科医として大学病院で手術を行う傍ら、男性の人生を応援する健康医学をライフワークとしている。自分では天職と思っているが親不孝者でもある。
父は幼い頃に両親を結核で亡くし、叔母が嫁いだ秋田の造り酒屋で育てられた。養子にならないかと勧められたこともあったようだが、猛勉強して東京の大学に進学し商家の娘と結婚して、都内に家を持ったのも束の間、37歳の時に突如「小説家になる」と言って会社を辞め、家族と千葉の外房に引っ込んでしまった。父は日のあるうちは母と庭や畑で農作業をし、夜は読書をするという、まさに晴耕雨読の日々であった。本の多い家であったが、中でも父は志賀直哉を好んだ。イエ社会や都会を離れ我孫子や奈良に移り住んだ志賀の生活に憧れていたのだろう。孤児であった父は家族と生活することを人生の大事と決意して田舎に居を構えたのだと思う。父は剽軽なところがあり、私と妹は毎日学校から帰ると家にいる父と遊び、炬燵を囲んでその日の出来事を報告していた。折々に父から祖父が偉大な軍人であったこと、男子たるもの「公」の仕事に就いて国に貢献することが家の誉れだと聞かされた。数少ない祖父の写真は、祖父が将校団の剣道大会で東軍の大将を務めたものであった。
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source : 文藝春秋 2022年3月号