修羅場の経営者とは

特集 日本企業「復活への道」

平井 一夫 ソニーグループシニアアドバイザー
ビジネス 企業
「結果が出なければクビ」の覚悟を持て。(聞き手・大西康之)
①平井氏
平井氏

「ネットワークで売る時代に変わる端境期だった」

 ソニーグループの時価総額は現在、トヨタに次いで国内第2位。2000年代半ばから10年代半ばにかけ、テレビをはじめエレクトロニクス事業の建て直しに苦しんだが、約10年がかりで事業内容の変革を成し遂げた。2000年度にエレクトロニクス7割、その他3割だった売上比率は、20年後の現在、ゲーム3割、音楽・映画2割、金融2割、エレクトロニクス・半導体3割に様変わりしている。ソニー社内で何が起きたのか。改革の立役者の一人である平井一夫氏(61)に話を聞いた。

 ――平井さんがソニーの社長兼CEO(最高経営責任者)になったのは、今から10年前の2012年の4月。ハワード・ストリンガー氏から後継指名を受けた時は、かなり驚かれたのではありませんか。

 平井 最初にお断りしておくと、私をCEOに選んだのはハワードではなくソニーの指名委員会です。指名委員会はハワードからも意見を聞いたと思いますが、彼の独断ではまったくありません。

 それで「ソニーの社長をやれ」と言われた時の感想ですが、そりゃあ驚きましたよ。「なぜ自分が」「なぜこのタイミングで」と。

 ただ落ち着いて考えてみると、ソニーの指名委員会というのは社外取締役の素晴らしい知見を持った方々で構成されていて、その人たちがかなりの議論をした結果の指名ですから、それはリスペクトすべきだと思うようにもなりました。私自身では気づいていない部分を見てくれていて、私の将来性のようなものに期待をされているのかもしれない。その決定について自分が「ノー」というのはおかしいとも思いました。

 ――実はあの時、ソニーミュージック時代の平井さんの上司で、平井さんを家庭用ゲーム機のプレイステーションを核とするソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の米国法人(SCEA=現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に送り込んだ丸山茂雄さん(元ソニーミュージック社長)に感想を聞いたんです。「俺ならやめておけ、とアドバイスするね。平井はそんなタマじゃないし、本社の社長なんかやったら平井が殺されちゃうよ」とおっしゃっていました。

 平井 丸山さんがそういうことを言っているのは私の耳にも入っていました。ずっと音楽やゲームを担当し、「エレクトロニクスのソニー」を経験していない私のバックグラウンドからすれば当然かもしれません。しかし、やるかやらないかを決めるのは自分です。先ほども言いましたが、そういう私のバックグラウンドを知った上で、指名委員会があえて「平井だ」というのなら、もうやるしかないと思いました。

 それまでは、自分の責任範囲である「プレイステーションのビジネスをどう大きくするか」だけを考えてきました。それ以上のポジションに就くとは思っていなかったので、ソニー全体をどう変えようというビジョンはまったくなかったんですよね。ただ、ハワードがCEOの時代には、EVP(上級副社長)としてエレクトロニクスも担当していたので、ソニーの屋台骨であるエレクトロニクスがかなり苦しい状況にあることは知っていました。

 プレイステーションもソフトウエアをパッケージで売る時代から、ネットワークの時代に変わる端境期で、チャレンジングな状況でした。音楽、映画、ゲームの収益力を高め、エレクトロニクスの赤字を止めてソニーの事業ポートフォリオをどう変えるか。それが自分の役割だと思いました。

 ――長らくアメリカにいて、その後も(SCEの本社があった)青山にいた平井さんが(ソニー本社のある)品川に乗り込んだ時には、ものすごくアウェー感があったのではないですか。

 平井 EVPになってからは品川にも顔を出していたので、そこまではないですよ。ただ、音楽とゲームと明らかにメインストリームでないところから来ているので、いい意味で「何かしでかすんじゃないか」「お手並み拝見」という感じでした。(莫大な開発費をかけた結果)赤字になっていた日本のゲーム事業を黒字転換させた実績はあったので、その部分は信頼してもらえたと思います。

 もちろん、私自身、「ソニー愛」はかなり持っていました。その一方でいわゆる「しがらみ」がないから厳しい判断ができた。結果論でしかありませんが、いま振り返ってみればちょうどいいコンビネーションだったのかなと思っています。

⑤ソニー本社
 
ソニー本社

潰れかねない「一歩手前」

 ――これは日本航空(JAL)の再建に乗り込んだ、京セラ創業者の稲盛和夫さんに聞いた話ですが、JALの幹部は「エアラインのビジネスに関しては、自分たちが誰よりも詳しい」という強烈な自負があり、外から来た人の話を聞くような人たちではなかった。しかし倒産(会社更生法の適用申請)を経験し、公的資金を注入されたことで、ようやく稲盛さんの話に耳を傾ける状態になったのだと。「倒産という劇薬を使わなければJALを変えることはできなかっただろう」と稲盛さんは言っていました。ソニーは倒産していません。テレビの「トリニトロン」や「ウォークマン」の伝統を引き継ぐ誇り高きソニーの人たちは「半分外の人」である平井さんの話を聞かなかったのではありませんか。

 平井 いや、2012年の時点では各事業のマネジメントも現場に近い社員も、すでに相当な危機感はありましたよ。テレビ事業が8年連続の赤字で、コンパクトデジタルカメラやビデオカメラのシェアもスマートフォンにどんどん奪われていた時期だったので、このまま行ったら潰れかねないという「一歩手前」まで行っている状態でしたから。

 当時の状況は、みんな「今のままではよくないね」という自覚はあるものの、どうしていいかわからない。それに対して私は経営トップとして、「どういう議論をして、どうやって物事を決めて進めていくか」という点に焦点を当てることができたと思います。

 ――社長になってから矢継ぎ早に改革を進めていくわけですが、「今までは俺たちがソニーを支えてきたんだ」という明治維新の時の不平士族のような抵抗勢力に変革の必要性をどう説いたのですか。

 平井 我々が取り組んだのはリバランス(比率の変更)だけではなく、フォーミュラ(事業内容)の変更でした。例えば、ゲームはCD─ROMなどのパッケージで売っていたソフトウエアをオンラインで売るようになった。もちろんソフト流通の人たちは怒ります。

 音楽はそれこそ、レコードやCDの販売がレンタルになり、ダウンロードになり、今はストリーミングになりました。映画も劇場からストリーミングに比重が移っています。経営者は時代の流れに合わせてフォーミュラを変えるわけですが、古いフォーミュラで稼いできた人たちからの抵抗は当然ありますよね。

 そこで新しいフォーミュラに行くことを躊躇ったり、移り変わる時間を遅らせたりしたらどうなるか。5年も放っておいたら事業そのものが壊滅しますよ。みんな本当はわかっているんです。だから経営者は「議論しましょう」「変えて行こう」と言わなければならない。このまま放っておいたらどうなるのか、それでは困るから今、何をするのか。社員やビジネスパートナーと共有していかなくてはなりません。

 ――平井さんの著書『ソニー再生』では、厚木工場の夏祭りで社員から一緒に写真を撮って欲しいと言われ、撮り終わった後に「自分は今度売却されるバッテリー事業の開発者です」と打ち明けられるシーンが出てきます。

 平井 エレクトロニクスに限らず、今まで儲かってきたフォーミュラを変えれば必ず影響を受ける人が出る。難しい判断です。それがトップの仕事だと思います。

②ソニー創業者・盛田昭夫
 
ソニー創業者・盛田昭夫

「無限大のビジネス」になる

 ――平井さんの時代で特筆すべきは、リストラを進めている間、トップライン(連結売上高)があまり下がっていないことです。再建となると多くの経営者は、不採算事業から撤退したり売却したりしますが、それと同時に成長事業を生み出すのはとても難しい。大抵は赤字が止まって利益は出るようになるもののトップラインは下がり、いわゆる縮小均衡に陥ります。この30年で、日本経済が世界の成長から取り残されてしまった背景には、この縮小均衡の罠がある。しかし、ソニーは採算を改善しながら規模も拡大した。なぜこんなことができたのですか。

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source : 文藝春秋 2022年5月号

genre : ビジネス 企業