今年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻は世界史の分岐点になった。ロシアのプーチン大統領はこの侵攻を「特別軍事作戦」と呼んでいるが、客観的に見れば戦争だ。
この戦争に関して、世界のほとんどの人々は、国という切り口から見ている。そして、戦争の当事国であるウクライナ、ロシアのみならず、日本を含むそれ以外の国民も、意識的もしくは無意識のうちに、自己を自国の立場と一致させて考えている。
自衛隊を憲法違反とする日本共産党ですら4月7日の参議院選挙勝利・全国総決起集会において、志位和夫委員長が〈同時に、万が一、急迫不正の主権侵害が起こった場合には、自衛隊を含めてあらゆる手段を行使して、国民の命と日本の主権を守りぬくというのが、日本共産党の立場であります〉(4月8日「しんぶん赤旗」電子版)と述べている。
もっとも戦争に直面してマルクス主義者が反戦から戦争支持に転換することは珍しくない。1914年に第1次世界大戦が始まると、それまで反戦を掲げていたヨーロッパ各国の社会民主主義政党(当時はマルクス主義者が主流だった)が、自国の戦争を支持する立場に転換した。あくまでも戦争反対を貫く人々は、レーニンが指導するロシアのボリシェビキ(共産党の前身)、ドイツ社会民主党から離脱して独立社会民主党を結成したローザ・ルクセンブルク、リープクネヒトら、一部に過ぎなかった。
レーニンには、戦争が他の人々とは別の形に見えた。頭の体操として、レーニンの方法でウクライナにおける戦争を分析することで、情勢理解が深くなると思う。レーニンは、『帝国主義』(原題は『資本主義の最高の段階としての帝国主義(平易な概説)』Империализм, как высшая стадия капитализма)で戦争論を展開している。彼はこの本をスイスのチューリヒに亡命中の1916年に書き、翌17年にロシアで刊行した。戦後の1921年に『帝国主義』のフランス語版とドイツ語版が発行された際にレーニンは序文を寄せ、こう記している。
〈本書のなかで証明されていることは、1914―1918年の戦争が、どちらの側から見ても帝国主義戦争(すなわち、侵略的、略奪的、強盗的な戦争)であり、世界の分けどりのための、植民地や金融資本の「勢力範囲」等々の分割と再分割とのための戦争であった、ということである。/なぜなら、ある戦争の真の社会的性格、あるいはもっと正確にいえば真の階級的性格がどのようなものであるかということの証明は、いうまでもなく、その戦争の外交史のうちにではなく、すべての交戦列強の支配諸階級の客観的状態の分析のうちにふくまれているからである。この客観的状態を描きだすためには、いくつかの実例や個々の統計資料をとりだすべきではなく(社会生活の諸現象はきわめて複雑であるから、任意の命題を論証するために、実例や個々の統計資料を好きな量だけいつでも探し出すことができる)、ぜひとも、すベての交戦列強および全世界の経済生活の基礎にかんする資料の総体をとりださなければならない〉
外交史は、国家を主体にして考える。この方法では、戦争の本質を見失うとレーニンは考えた。さらに統計に基づいた実証主義でも、データの取り扱いによって、さまざまな物語(ナラティブ)を作ることができるので、適当ではないと考えた。レーニンは、国家と社会の支配者の視座から戦争を眺めることで本質をとらえることができると考えた。戦争の本質は、分捕り合戦で、植民地や金融資本の勢力圏を再分割することであると考えた。
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source : 文藝春秋 2022年6月号