山本氏
どんな薬にも何らかの副作用
抑うつ症状や不眠症を抱える患者さんの多くは、精神科や心療内科を受診されると思います。メンタルヘルスの診療科で処方される薬に抵抗感を持つ人もいることでしょう。
「薬」という字から草冠を取ると「楽」になります。つまり薬は、苦しみを軽減して楽になるために飲むものだということを、まずはご理解ください。
一方で「クスリ」を逆さに読むと「リスク」となります。どんな薬にも何らかの副作用があり、正しく服用しないと健康被害を及ぼす危険性を持っていることも、知っておく必要があるのです。
まずは、抑うつ症状に使われる抗うつ薬から紹介していきます。
抗うつ薬の歴史は、半世紀ほど前に登場した「三環系」や「四環系」と呼ばれるものから始まります。三環系の代表的な薬はトフラニールやトリプタノール、四環系はテトラミドやルジオミールなどです。
「三環」とか「四環」とは化学構造上の表現で、数字が大きいから新しいとか、効果が強いというものではありません。これら旧来の薬には口渇や便秘、ふらつきなどの副作用があり、慎重に使用する必要がありますが、効果が大きいことも事実。現在でも、新しいタイプの薬で効果が出ない場合は、三環系や四環系の薬が使用されることがあります。
近年、抑うつ治療の中心になってきたのが、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬=ジェイゾロフトやパキシルなど)と、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬=トレドミンやサインバルタなど)です。
作用機序を少し説明しましょう。人間の体を構成する細胞では、細胞と細胞の結合部(シナプス)を神経伝達物質が行き来することで、様々な情報が伝達されています。セロトニンやノルアドレナリンは神経伝達物質の一種で、セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれています。シナプスにこれが豊富に漂っていると、人間は多幸感に満たされますが、抑うつ状態の人のシナプスでは枯渇しています。SSRIとSNRIは、セロトニンやノルアドレナリンの再吸収を阻害してシナプスに幸せホルモンを豊富に漂わせることで、抑うつ症状を改善していくのです。
SSRIやSNRIが支持されている理由の一つは、三環系や四環系に見られるような副作用が少ないことです。吐き気や下痢、腹痛などの消化器症状はありますが、だいぶ改善されています。ただ、うつ傾向の人は、副作用が出た際に、想定された副作用であっても「妙な薬を出された」と否定的に考え、勝手に服用をやめてしまうことがあります。結果としてうつ症状が悪化し、最悪の場合は自殺に至ってしまうのです。そこだけは注意してください。
最近では、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬=リフレックス)やボルチオキセチン(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬=トリンテリックス)も、副作用が少なく、効果のある薬としてよく使われています。
辛抱強く待ってみる
ただ、この世に「魔法の薬」は存在しません。早く効いて、よく効いて、それでいて副作用がない――そんな薬は残念ながらないのです。抗うつ薬には誤解も多いので、注意すべきポイントをいくつか挙げていきましょう。
まず「即効性」についてですが、薬の効果が出るまでには早くて1週間、平均すると2週間程度の時間を要します。それに反して副作用は、薬を飲み始めるとすぐに出てくるのです。「効果は遅く、副作用は早い」という薬の特性を理解しないまま飲み始めて、「薬を飲んでも辛いばかりで効果はないんだ」と、治療に疑念を抱いてしまう患者さんもいます。効果が出てくるまで、辛抱強く待ってみてください。
また、薬を飲むだけで、病気が治るということはありません。抑うつ症状の治療の大前提は「休養」をとっていることです。仕事をしながら、あるいはストレスに晒されながら薬を飲んでも、期待する効果は得られないどころか、悪化させる危険性さえあるのです。
抗うつ薬の選び方や飲み方は、非常に細かな調整を要します。治療経過を詳細に観察しながら薬の量を微調整し、状況によっては薬を変更します。現在はSSRIやSNRIを第一選択とすることが多いものの、人によっては三環系や四環系といった古いタイプの抗うつ薬が効果を示すこともあります。古い薬だから効果がないと考えるのは早計です。思い込みは捨てて、自分に合った薬を選んでいくことが大切なのです。
薬をやめる時も、急にやめると離脱症状が出ることがあるので、医師の指導に従って徐々に量を減らしていく必要があります。
休養できる環境や医師とのコミュニケーションが整って初めて、抑うつ症状の治療ができる、ということを理解してほしいと思います。
薬に依存する危険性も
ここからは、不眠症の人に用いる睡眠導入薬について説明します。
睡眠導入薬は抗うつ薬以上に、多くの種類があります。不眠症には、寝つきが悪い「入眠障害」、起きる予定よりも早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」、眠りの浅い「中途覚醒(浅眠)」などがあり、その人の不眠のタイプに合わせた薬を選ばなければなりません。
現在よく使われる睡眠薬には、非ベンゾジアゼピン薬(Zドラッグ=マイスリーやルネスタなど)、オレキシン受容体拮抗薬(デエビゴやベルソムラなど)、メラトニン受容体作動薬(メラトベルやロゼレムなど)があります。逆に、あまり使われなくなってきているのは、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(ハルシオン、レンドルミン、デパスなど)。もしこのタイプの薬が処方されたら、使用意図を主治医に確認するといいでしょう。
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