著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、桜木紫乃さん(作家)です。
まあとにかく、タケちゃんにはよく殴られた。私が彼の長女として生まれたのも、何かの巡り合わせには違いないのだが。生来の山師、常に何かと闘っていないと生きている気のしない男を父に持つと、いろいろある。
山師の友はペテン師だが、どちらが強いかと問われたらペテン師に軍配が上がる。なぜなら、山師は自分の欲に負けるため、負けてみせるという技が使えない。
タケちゃんの口癖は「オレの顔色を見てからモノを言え」。今で言うところの「空気を読め」なのだろうが。残念ながら長女はその腕を母親の腹に置き忘れてきたうっかり者で、何につけ「正論」を吐いてしまう阿呆だった。
だいたい、子供の正論くらいたちの悪いものはない。欲がないので反論の余地も許さない。やめればいいのについ毎回「それは間違っていると思います」とやるわけだ。
間違っているのは百も承知、一発あてれば勝利、九回裏満塁ホームランで逆転勝ちを信じる男にとって、正論は敵。
殴ってでもその口を止めたくなるのは、仕方ない。
タケちゃんが思いつく新しい商売は常に「怒り」から発生する。
「あいつにひと泡吹かせてやる」の一心で大きな借金を作るのだが、ひと泡もふた泡も吹くのは本人だ。
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source : 文藝春秋 2022年8月号