ITの導入で在宅医療はより身近になる
われわれの診療所はいま、1300人ほどの患者を抱えています。中には施設で暮らす方もいらっしゃいますが、約8割が自宅で診療を受けています。在宅医療を受けられるのは、基本的には通院困難な方々に限られているので、患者の多くが寝たきりに近い状態。年間で、約180人の方々を看取っています。
われわれの役割は、患者が安らかな最期を迎えるためのサポートをすることだと思っています。患者が気持ちよく日々を過ごしながら、まるで植物が枯れるように自然に、穏やかな最期を迎える手助けをする。そのため、積極的な治療は行いません。入院していれば、点滴などで栄養を与え続けることで、1カ月の寿命が3カ月に延びることもあるでしょう。これに対して、在宅医療で施すのは、患者の痛みや苦しみを取り除くための最小限のケアのみです。
最期の瞬間は自宅で迎えたい――。終末期にある高齢者のこうした希望に応えるべく、2010年に在宅医療を中心とした診療所「祐ホームクリニック」(東京都文京区)を設立したのが、医師の武藤真祐氏(47)だ。
開成中・高校から東大医学部を卒業し、東大医学部附属病院に入局。医師としてのエリートコースを歩んできた武藤氏だが、35歳のときにマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社して経営コンサルタントに転身。2年間の修業を経て診療所を開設した、異色の経歴の持ち主だ。
いまでは計5カ所の診療所を運営し、約50名の医師を擁する武藤氏。在宅医療の最前線から、その現状を語る。
「医療」が病気との闘いであるとするならば、われわれ在宅医は、病気に打ち勝つことを初めから放棄している。その意味では、日々が負け戦なのかもしれません。
ですが、私は在宅医療に大きなやりがいを感じています。患者さんの自宅に伺って孫の写真が飾ってあれば、「お孫さん、お元気ですか?」と声をかける。こうした些細な会話でも患者さんは喜んで、雰囲気も和やかになります。こうした中から生まれる明るい気持ちや安心感が、「豊かな人生だった」と心から思えるような、安らかな最期へと繋がるはずだと考えています。
もう一つ、在宅医療のやりがいは、医師も患者から学ぶことが多いことです。在宅医療では患者さんのほとんどが人生の先輩で、経験豊かな方々ばかり。彼らはたびたび、人生で良かったことや後悔していることを打ち明けてくれました。死を間近に控えて、いまさら格好をつける必要もないという心境になるのか、みなさんが素に戻った状態で話をしてくれる。こうして多様な人生に触れられることは、とても貴重な経験だと感じています。
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source : 文藝春秋 2018年07月号