先達に学ぶ、長い老後を生き抜く知恵
私たちは過去数百年にわたって、人生は50年だと思って生きてきました。ところがこの30年の間に経済成長と医療技術の発展で、日本人の寿命はどんどんと延びていきました。人生80年の時代になり、いまや人生100年の人も珍しくなくなった。世界でも類をみない高齢化の時代に突入し、私たち平成に生きる日本人は人類の未踏の地を歩んでいます。
しかし、私たちを巡る環境は年金にしても社会制度にしても、人生80年、100年の時代にまったく対応できていません。さらに言ってしまうと、人々の意識も現状とは乖離したままなのではないでしょうか。
人生50年の時代は、ひたすら働いてはたと気がついたころには、すでに死が目の前に迫っていました。そのころの社会人は、40歳くらいになると、どこかで死について考えていたように思います。我々の先祖たちは「生きることは即ち死ぬことだ。死を受け入れることなんだ」という独自の死生観を生み出しました。
そして、短い余生だからこそ社会への還元を重要視していました。還元といっても単にお金を寄付したり、援助することだけを意味してはいません。それまでの経験や得てきた知識を若い人たちに伝えることで、彼らの精神的な支えになることもまた喜びでした。人々に「生と死」を語ることも、高齢者の大事な役割だったのです。
落語の中では、この役割をご隠居が担っています。ご隠居さんは長屋の人々の騒動のタネになることもありますが、本来の役割は知恵袋です。長屋の住人は事あるごとに、ご隠居にアドバイスを求めに行きます。健康で長生きをして、ご隠居になれるのは特別なことであり、社会的に尊敬を集めたからです。
この30年でそのような価値観が、大きな変化を迎えました。我々現代人は、生の後にすぐ死が来るのではなく、長い余生があり死の前に「病」や「老い」など非常に難しい課題が横たわっているのです。
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source : 文藝春秋 2017年10月号