天皇皇后両陛下五年間の祈り

総力特集 東日本大震災日本人の底力

川島 裕 前侍従長
ライフ 皇室

7週連続のお見舞いの旅、異例だった夜道のドライブ、心臓手術直後の追悼式御臨席……。両陛下は常に被災者にお心を寄せ続けられていた

東北を訪問される天皇皇后両陛下 ©JMPA

 天皇陛下は、東日本大震災から5日後の平成23年3月16日、ビデオにより発せられたおことばの中で「国民1人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。」と仰せになった。当時「未曾有」という形容詞がよく使われた。被災地の惨状が明らかになるにつれて、復興への道のりは極めて困難なものであろうことが認識されるに至り、そして原発事故の結果、住み慣れた地域から避難した多くの被災者が、一体いつになったら戻ってこられるのか全く見通しが立たないことが明らかになり、誰もが居たたまれない気持ちになっていた。それから5年という歳月が経過したが、この間、東日本大震災の被災者のことが両陛下の念頭から去ったことは片時もなかったと拝察する。それは、両陛下が日々お会いになられるさまざまな人々とのやり取りに陪席し拝見していて、あるいは毎年3月11日に開催される大震災追悼式でのおことばや、折々の記者会見等での御発言を御準備される御様子をお見上げしていて、そして筆者や同僚達が両陛下のお気持ちを折に触れて承るにつけ、つくづく実感したところである。

片道4時間をかけた被災地御訪問

 大震災直後から、両陛下のお申し出を受け、被災地を訪れて頂くとすれば、いつ頃からが適当かという検討が始まった。両陛下は、大震災後、あまりに早くお見舞いのために東北地方に赴くと、現地の救援救助活動を妨げる結果になりかねないと判断され、まずは3月末に東京都足立区にある東京武道館で福島県からの避難者を見舞われ、次いで4月に入ってから埼玉県加須市の旧騎西高校校舎に町を挙げて避難してきた福島県双葉町の人々を見舞われた。更に津波による大きな被害を蒙(こうむ)った千葉県旭市及び茨城県北茨城市を相次いで日帰りで見舞われた。総武線や常磐線はお召し列車の運行は困難だったので、いずれの場合もお車で往復され、片道4時間近い過酷なドライブであった。そして、4月末に至り漸く東北3県側が両陛下をお迎えする準備が出来るようになったということで、御移動に際しては自衛隊の輸送機およびヘリに搭乗され、全て日帰りで、まずは宮城県を見舞われ、次いで岩手県、そして最後に福島県を見舞われた。(この7週連続のお見舞いの旅については平成23年月刊文藝春秋8月号に掲載された拙稿「天皇皇后両陛下 被災地訪問の祈り」を参照頂ければ幸甚である。)

 この7週連続1都6県のお見舞いの旅を5月に完了された両陛下は、その年の7月、那須御用邸に赴かれた際に、隣県の福島県から那須町の温泉旅館に避難してきた被災者を見舞われ、8月には東京都の成増団地に福島県と宮城県から避難してきた被災者を見舞われ、更には地元でこうした被災者を支援している人々と懇談され、9月には福島県で被災した企業を支援している千葉県東金市の企業を訪問されるなど、お2人して様々に考えをめぐらされ、我々や地元の意見を聴(ちょう)されつつ、それぞれが少しずつ異なる視点に立っての御訪問を続けられた。大震災から暫くの間、東北新幹線は、御用邸の下車駅である那須塩原駅までしか運行しておらず、那須町では、東京近郊とは異なり、いわば被災3県をのぞむ最前線という雰囲気が感じられた。そういうこともあって、両陛下には、その後、那須御用邸に赴かれる前に、まずは東北3県に赴かれ、さまざまな被災地を見舞われ、復興の状況を御視察になられるという御日程が多くなった。

 最初の御訪問の際には、自衛隊の輸送機及びヘリコプターに搭乗なさったが、以後、東北3県を二度三度と御訪問なさる際には、内陸を走る東北新幹線の最寄り駅から海沿いの目的地まで、片側1車線の一般道での長い長いドライブをお願いせざるを得ず、つくづく東北3県の広さを実感する旅が毎年続いた。運転を職業とする人々ならいざ知らず、お年を召した御夫妻が短期間に続けてこれだけの長距離をクルマで旅されるケースは日本中探しても例を見ないのではないかと思った。

 翌年5月に、両陛下は、国際コロイド・界面科学者連盟(IACIS)が開催する国際学会に御臨席になるため仙台市に赴かれたが、学会御臨席に先立ち、市内の小学校用地に設営された仮設住宅を訪れられ、入居している被災者と懇談された。両陛下をお迎えしたことを心から喜ぶ様子で、こもごも被災当時の状況を語る被災者に対し、いつものように両陛下がお心を込めてお話しをされている御様子に胸を打たれた。前年の仙台御訪問では、被災者は学校の体育館などに収容されていたが、1年少々の間に仮設住宅住まいが可能になったのかという感慨を持った。

 そして、同年10月には原発事故の現場とでも表現すべき福島県川内村を日帰りで御訪問になった。天皇陛下は、早い段階から是非原発の状況を御視察になりたいとのお気持ちであられ、自衛隊のヘリであれば、放射能防護も大丈夫ではないのかといった御下問も頂いたが、やはりそのようなリスクは到底お願い出来ないということで、結局、福島第一原発から30キロの距離にあって、この年の4月には住民が村内の一部区域に帰還することがようやく可能となった川内村御訪問が決定された。現地事情の御説明によれば、住民帰還と言っても若い人達の帰還は少ない由で、なかなか難しい状況にあることが察せられた。高齢の住民達にとっては、放射能の危険があるので、森に自生するキノコとかイノシシの肉など従来食べ慣れていた食材を摂ることを禁じられたのがとても辛い旨話を聞き、大いに御気の毒に思った。両陛下は、この村で進められている除染作業の現場に赴かれ、除染水のしぶきがお顔にかかりそうな位置に立ち、木々の枝に登って作業を続けている人々の様子を熱心にご覧になった。川内村からの東北新幹線郡山駅までの帰り道は夜になってしまったが、暗い夜道の両側に大勢の人々が立ち並んでいることに気付いた。両陛下が地方の御旅行に際して車列で移動されるのは通常昼間からまだ日のある夕刻までに限られており、真っ暗な田園地帯を走行することはまずあり得ないので、ヘッドライトの明かりで人々の姿が次々に道の両側に浮かんでくるあの光景は忘れられない。

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source : 文藝春秋 2016年04月号

genre : ライフ 皇室