「就職氷河期世代」孤独と悲哀の事件簿

自尊心と敗北心の狭間で彼らは何を見たのか

広野 真嗣 ノンフィクション作家
ニュース 社会
就職面接会に望む女子学生 ©時事通信

 猛っていた。1年前の6月24日の夜、福岡の繁華街・天神近くにある建物内で待ち伏せしていた42歳の中年男は、トイレで有名ブロガーに襲いかかり、ナイフで十数か所も刺して殺害した。現場から自転車で逃げたが、約2時間後、ネット掲示板に書き込んだ。

〈おいネット弁慶卒業してきたぞ 改めて言おう これが(略)俺を「低能先生です」の一言でゲラゲラ笑いながら通報&封殺してきたお前らへの返答だ〉

 この中年男、松本英光は投稿の20分後に交番に出頭した。後に詳述するが、松本は九州大学文学部に現役合格した過疎の島の秀才。だが逮捕された時、無職で家賃3万円のアパートに1人で暮らしていた。

 私と同学年か――事件のニュースを聞いた当時はそんな軽い感慨を抱いただけで忘れてしまった。だが改めて“同世代の中年たち”が暴発している、という思いが強まったのは、この初夏に連続した2つの事件現場に足を運んでからのことだ。

 ――元農林水産省事務次官の熊澤英昭は44歳の息子、英一郎を自宅で滅多刺しにした動機について、「刺さなければ自分が殺されていた」と供述している。そう決心したきっかけは事件の4日前、川崎・登戸で男がカリタス小学校の児童や保護者ら20人を死傷させた事件の報道を見たことだったという。

 英昭の目には、小学校の運動会の歓声にストレスを溜め「ぶっ殺す」と口にした長男と、スクールバスに乗り込む子供たちに包丁を突き立てたその7つ上の岩崎隆一の“欲求不満”とが、同質に見えていた。

 岩崎の場合、半生は謎に包まれたままだ。中学校卒業後に職業訓練校に在籍し、十代後半には東京・町田の雀荘で働いた時期があることが報じられた。だがその後、約20年間の“空白期間”が存在している。

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source : 文藝春秋 2019年8月号

genre : ニュース 社会