天皇皇后両陛下インド御訪問随行記

大きく大きく育っていた菩提樹

川島 裕 前侍従長
ライフ 国際 皇室

53年振りに温かい歓待を受けた天皇皇后両陛下。

お二人が示されたガンディーの思想、平和主義への思い——

インド国首相夫妻と両陛下 ©宮内庁

 両陛下インド御訪問中に、東京の友人達から、テレビでニュースを見ていて、両陛下の嬉しそうな御表情が印象的だというメールを何通かもらった。両陛下は、これまでの各国御訪問に際しても、いつも笑顔を絶やされることなく御旅行を続けておられたが、今回は、五十三年振りに両陛下をお迎えしたインドの人々がとりわけ喜んでいたこと、そしておそらく両陛下も当時を懐かしく思い起こされていたことなどがその背景にあったからであろうか。

 両陛下のインド御訪問が、本格的に検討され始めたのは、一昨年夏ごろである。天皇陛下がその年の二月の冠動脈の御手術から快復され、目に見えてお元気になられたので、明年以降に外国御訪問をお願いしても大丈夫ではないかということになり、その場合の行き先の最有力候補として浮上したのが、その年国交樹立六十周年を迎えたインドであった。今回の御訪問から丁度五十三年前に両陛下は、プラサド大統領の国賓としての我が国訪問に対する答訪ということで、昭和天皇の名代としてインドを御訪問になり、実に十日間に亘ってインド各地を巡られた。平成の時代に入り、いずれ是非両陛下にインドを御訪問頂きたいという気持ちは、かねて日印双方の関係者が分かち合っていた。インドとの友好関係は戦後の早い時期から進展しており、我々の世代は、昭和二十四年にネルー首相が日本の子ども達のためにインド象を寄贈し、日本国内で大いに盛り上がったことを鮮明に記憶している。

 当時、インドは独立直後であり、未だ両国間の国交も樹立していない状態であったが、戦前からインド国内には日本に対する親近感が育まれていたことが背景にあったように思われ、そういう友好的な雰囲気があったからこそ、初代のプラサド大統領が国賓として来日し、それに対する御答訪となった訳である。東南アジア諸国との協力関係が始まるのは、それから随分後のことであり、我が国が最初に円借款を供与したのはインドであって、ODAというコンセプトが登場するはるか前のことである。一九七〇年代頃から、我が国のアジア外交において、ダイナミックに発展を続ける東アジアに関心が向きがちになり、日本側においてインドに対する関心がやや盛り上がりを欠いた時期が続いたことも事実。インドはネルー首相の指導のもと、輸入代替を軸とし、閉ざした形で国内経済を発展させようとしたことから、日本としては国際貿易への積極的な参画を通じて発展を続ける東アジア諸国との関係緊密化に軸足を置きがちであった。大英帝国に組み込まれ、英国の工業製品に国内を席捲されたインドにしてみれば、先進国からの工業製品輸入を排し、国際貿易への参画は二の次にし、極力自前で工業化を進めたいと考えたことは理解できる。

五十三年前のネパール上空飛行

 しかし、一九七〇年代、八〇年代と時間の経過とともに、東アジアの諸国に比して、インドでは経済成長がダイナミズムを欠くことが明らかになり、以後、開放的な経済運営に路線変更したのが、この二十年くらいのこと。そのプロセスで当時財務大臣として指導的な役割を果たしたのが現在のシン首相であった。この結果、日印間では経済面での協力関係が俄然活発になり、また政治面さらにはグローバルな諸課題への対応など様々な面で、日印協力関係が動き出し、このように良好な状況になったところで、今般のインド御訪問が動き出したわけである。

 十一月三十日正午過ぎに、両陛下をお乗せした政府専用機は上海付近から中国上空に入り、中国を南西に横切るコースでインドへの飛行を続けた。古来日本では、中国とインドは、唐・天竺と呼ばれ、往時の日本人にとって、外国として意識に上ったのはこの二カ国だけであり、それに日本を加えた三国が言わば全世界であった。「三国一の花嫁」という形容もその表れである。殊更に天竺が意識されたのは、言うまでもなく、仏教発祥の地だからであり、この日、図らずも専用機は、インド、中国、日本という仏教伝来のコースを逆方向にたどることになった。

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source : 文藝春秋 2014年02月号

genre : ライフ 国際 皇室