中日ドラゴンズを日本一に導いた名将・落合博満(69)の実像を追う『嫌われた監督』。著者でノンフィクション作家の鈴木忠平氏には忘れられない“ある場面”があった。
「マスコミ嫌い」と形容される人がいる。落合博満さんはその最たる人物の1人だった。
スポーツ新聞の記者として中日ドラゴンズ監督の落合さんを取材し始めた当初、私は「評判通りの人だ」と思っていた。こちらの望んだ答えが返ってくることはまずない。質問しても、謎めいたひと言を残すか、場合によっては「もっと野球を見てから質問してこい」と突き放された。だから試合の後、落合さんを囲む番記者の間にはいつも異様な緊張感が漂っていた。そして、取材が終わると私たちは顔を見合わせた。「あの人はマスコミ嫌いだから――」
だが意外にも、ひとりで取材に行けば、それがどこであれ応じてくれた。不思議だった。マスコミ嫌いと言われる人が世田谷の自宅まで押しかけてくる記者を受け入れ、嫌な顔をしないのだ。
ある日、押しかけ取材の気兼ねもあって、手土産を持っていった。大福であった。客の絶えない店のものだったが、私はそうした場合の常として「つまらないものですが」と言って差し出した。すると落合さんは厳しい目になった。
「つまらないものなら持ってくるな。美味いと思うものならそう言えばいい。その方が渡された人間だって気持ちがいいだろう」
呆気にとられる私に、落合さんは少し笑って続けた。
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source : 文藝春秋 2023年1月号