「世界経済の悪化が予想される今、消費税を予定通り引き上げればデフレから脱却しつつある日本経済の回復への道のりを閉ざしてしまいかねません。増税は見送ります」
首相・安倍晋三の記者会見。声を張り上げた安倍は、こう続けた。
「増税分を使って行うはずだった教育無償化は予定通り実施します。昭和、平成には国土を作るインフラ整備のため建設国債を発行しました。新しい令和の時代に必要なのは人づくり、教育です。教育無償化のため教育国債を発行します。新しい令和の時代に新しい政治を作る。この決意を国民のみなさんに問いたい。衆院を解散します」
――もちろん現実ではない。国民民主党入りした元自由党代表、小沢一郎の側近議員が「ひょっとしたらありうる」と脅えていた悪夢のシナリオだ。
増税凍結を掲げる立憲民主党、子ども国債を公約とする国民民主党。こうした野党の主張をことごとく採り入れ、争点を潰す。改元に沸く世間のムードに乗って新時代の解散宣言に打って出る。「そしたら野党は勝てっこないよ」と、小沢側近は予測していた。
単なる夢想とは片づけられない。
安倍は、民主党(当時)や朝日新聞のような敵を見定め、その敵を殲滅しようとすることで自らの政治的エネルギーを培養する政治家だ。目的達成のためには政策的な整合性は二の次。「野党壊滅」は与党内に対する解散の大義にもなる。
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source : 文藝春秋 2019年8月号