ナショナリズムを克服する

政と官の劣化をとめる

大澤 真幸 社会学者
ニュース 社会 政治
大澤真幸氏

 今日、ナショナリズムは、克服の対象である。私たちがこの数年の間に直面している困難は、このことを強く自覚させてきた。たとえばコロナ禍。パンデミックを真に克服するためには、国民国家の間の緊密な協調が必要だ。あるいは地球温暖化のような気候変動。対応のために国際協調が必要だというだけでなく、各国の国益の追求は、むしろ問題を解決からより遠ざける。

 ウクライナ戦争は、ウクライナとロシアの間の国境紛争ではない。ヨーロッパとロシアの対決という解釈でさえも狭すぎる。西側諸国の支援を受けてウクライナが戦っている敵は、一般化して捉えた場合には、大国への幻想に取り憑かれたナショナリズムである。だからたとえばアメリカも「アメリカ・ファースト」と唱えるならば、敵である。

 このように、ナショナリズムは克服の対象、しかも最も重要な克服の対象である。がしかし、ナショナリズムはナショナリズムを通してしか、克服できない。ナショナリズムの超克とある種のナショナリズムは矛盾しない。それどころか、ある種のナショナリズムを媒介にしないと、インターナショナリズムやコスモポリタニズムには到達できない。

 たとえばロシアで反プーチンをかかげ、危険を冒して闘争している活動家というものを考えてみよう。実のところ私たちの多くは、ロシアのウクライナへの侵攻が始まった当初、そのような活動家がロシア国内にたくさんいて、自国の政権を内側から打倒し、戦争を止めてほしい、と願った。残念なことに、そのような活動は十分な規模や強度をもつには至らなかった。しかしそうした活動家がいたことはいたし、今でもいる。

 ここで、そのような活動家の闘争が十分に多くのロシア人を動員し、成功するとすれば、それはいかなる条件が必要か、思考実験的に推測してみよう。もしその活動家がいきなり抽象的なヒューマニズムやコスモポリタニズムの立場から、自国の政府を批判したとすると、その人の主張は、ロシア人たちを動かす力はもたないだろう。その人が言っていることは、同胞(ロシア人)よりも人類が、「我が国」よりも国際秩序の全体が大事だ、ということだ。危機の中にある同胞の苦境に目を向けず、人類という抽象的全体のことだけを考える人に、同胞たちは説得されはしない。そういう人は、同胞ではなく人類を愛しているというわけではなく、実は誰も愛してはいない。

 しかし、ロシアを真に愛するロシア人がいるとすれば、その人は、自国の政府に正しくふるまってほしいと願うはずではないか。ロシアを愛すればこそ、自国の政府が他国への侵略を命じ、自国の軍隊が他国の人々を苦しめていることを罪深いと考え、恥ずかしいと感じるのではないか。そのような立場から反政府活動をなす者は、同胞たちを巻き込み、動員する力があるに違いない。

ロシアの反政府デモ ©︎AFP=時事

偏狭で恥ずべきもの

 一般的に考えてみよう。普通、ナショナリズムは、「国益」を至上の目標とする思想だと思われている。しかし必ずしもそうではない。ナショナリズムに依拠して、「国益の至上性」が相対化され、克服されることもあるのだ。なぜか?

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ニュース 社会 政治