上野に所在する東京国立博物館(以下「東博(とうはく)」と略す。)は、昨年、創立150周年を迎えた我が国で最も歴史がある博物館である。その所蔵する文化財は、国宝89件、重要文化財648件など12万件を超えており、質量ともに我が国で最高峰と国内外から評価されている博物館でもある。昨秋開催した特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」には35万人を超える観覧者があり、大盛況だった。東京、京都、奈良、九州の4つの国立博物館と、東京と奈良の2つの文化財研究所などで独立行政法人の国立文化財機構(以下「機構」と略す。)を構成している。
私は幸いにも、昨年半ばに東博の第29代館長に就任させて頂いた。僅か半年程度の館長経験に過ぎないが、その間に多少なりとも分かってきた文化財を取り巻くお寒い現状を紹介して問題提起をしたい。
博物館という組織の役割は、先人が創作し遺してくれた文化財を収集、保存し、その時々の国民の皆さまと価値を共有しつつ、次世代につなげてゆくことにある。そこで重要となるのが、所蔵する文化財を適切な環境で保管して、修理修復の作業を実施することだ。これらの作業を怠ると、例えば書が記されている紙の劣化が進み、最終的には文化財自体が消失してしまう。
そのような事態を防ぐために、まずは文化財を適切な温度・湿度に常時保たれている収蔵庫に保管しておく必要があり、そのために空調設備の稼働は不可欠だ。ところが昨年のロシアのウクライナ侵略を契機としたエネルギー危機の結果、電気・ガス代が急激に高騰し、博物館の光熱費の大幅な支出増という事態になった。具体的には、東博の場合、令和4年度の光熱費予算が約2億円の計上に対して、電気・ガス代の値上がりで実際にはその倍以上の約4.5億円もかかる見込みである。国からの交付金が年間わずか約20億円に過ぎない小さな予算規模の東博で、年間約2.5億円も新たに負担することは非常に困難である。
財務省からゼロ査定
そこで、私としては、光熱費不足分を昨年秋の補正予算に盛り込んで欲しいと文化庁に要望し、文化庁から財務省に折衝してもらったが、残念ながらゼロ査定だった。しかし、国の機関で大量の文化財を所蔵しているのは博物館のみであり、その役割を重視せずに財務省が補正予算への計上を認めないのは理解できない。財務官僚には、文化財の持つ普遍的価値と後世に継ぐ重要性をもっとよく認識してもらいたい。この結果、東博では文化財購入・修理費などの業務の予算を一部カットして今年度はしのがざるを得なくなった。
さらに令和5年度はより事態は深刻だ。この状況が続くと、機構全体で不足する光熱費が10億円を超える見込みであり、そうなると文化財購入・修理費に加え、展示関係費用の一部までカットが必要となり、博物館の使命である文化財の収集・保存・公開に著しい影響を及ぼすこととなる。そこで何とか光熱費の不足分の経費を令和5年度予算に計上してもらうべく、与党を含めた関係者にお願いしているところだ。この原稿執筆時点では、予算編成作業中で結論は出ていないが、何とか必要な予算がついて事業が安定的に実施されることを切に願っている。
もう一つ深刻なのは、文化財の修理の問題である。国立の博物館であれば、文化財の保存のための修理費用は国がすべて措置していると思われている方も多いだろうが、実は違う。機構の文化財修理費は決算ベースで年間約1.6億円だが、そのうち国からの交付金は3000万円に過ぎず、その他は入場料などの自己収入や寄付金に頼っているのが現状だ。
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source : 文藝春秋 2023年2月号