創価学会指導者の思想はいかに形成されたか 『完本 若き日の読書』池田大作

ベストセラーで読む日本の近現代史 第114回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
ニュース 社会 読書

 日本の政治や社会を分析する際に創価学会が果たしている機能を無視することはできない。創価学会を支持母体とする公明党が連立与党を構成している。そのため創価学会が権力の一角を担っているという見方がある。この見方は間違っていると評者は考える。創価学会は、権力をとらずに世界を変える、すなわち一人一人の人間革命によって、宿命転換を宇宙的規模で行うことを考えているのだ。これは世界宗教であるキリスト教の考え方とよく似ている。チェコのプロテスタント神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカ(1889〜1969年)が強調していたことであるが、キリスト教的国家、キリスト教的政治は存在しない。しかし、キリスト教徒が担う政治は存在する。同様に創価学会的国家、創価学会的政治も存在しない。しかし、創価学会員が担う政治や国家(司法、立法、行政)は存在する。キリスト教徒でも創価学会員でも、政治や公務を担うときは、その領域でのルールに従う。ただし、価値観の根本には自らの信仰がある。このような人々が、政治や公務を担うことで、権力の濫用を権力の内側から防ぐことができるようになるというのが政教分離が確立した近代国家における宗教人の国家観、政治観なのである。

 創価学会のカリスマ的指導者である池田大作氏(創価学会名誉会長、創価学会インタナショナル〔SGI〕会長)の著作は、いずれもベストセラーである。ただし創価学会系の媒体以外で取り上げられることが少ない。本書『完本 若き日の読書』は、池田氏の思想形成過程を知ることができる興味深い作品だ。1945年の終戦時、池田氏は17歳だった。戦時中は軍国少年だった池田氏は魂の空白を満たすために読書に熱中する。47年に戸田城聖氏(後の創価学会第2代会長)と巡り会い、池田氏は宗教人としての道を歩み始める。この時期の読書ノートをもとにエッセイ『若き日の読書』(1978年)、『続・若き日の読書』(1993年)を上梓した。完本には未発表の読書ノートも収録されている。

 池田氏は1928年生まれであるが、読書傾向は少し上の世代の人々に近い。国木田独歩『欺かざるの記』、徳冨健次郎『自然と人生』、ヘルダーリン『ヒュペーリオン』、ルソー『エミール』、ホイットマン『草の葉』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』など大正教養主義の時代に読まれた本が多々含まれている。『完本 若き日の読書』を読むことで、旧制高校型の教養を追体験できる。

内村鑑三と日蓮

 池田氏にとって読書は宗教活動を展開するための糧であり武器だ。だから「それが私たちの信仰にとってどのような意味を持つか」という認識を導く利害関心に基づいてテキストに向かう。例えば、創価学会に入信する前に、内村鑑三の『代表的日本人』を通して日蓮について知ったという記述が興味深い。

〈無教会主義の旗を掲げる内村は、西欧のキリスト教会勢力を激しく批判し、むしろ日本の誇るべき宗教改革者として、日蓮大聖人に学ぶところが多くあるという。/内村は「偉大なる日蓮よ」と呼びかけ、日本における宗教家のうち「前代未聞の人」である理由を述べていく。/一個の注目すべき人物、全世界に於ける彼の如き人物のうちにて最も偉大なる者の一人が、我我の前に立つのである。これ以上に独立なる人を、余は我が国人の間に考へることはできない。実際、彼は彼の独創と独立とによつて、仏教を日本の宗教たらしめたのである。/ここに明らかなように、内村の価値判断の基準の一つに「独立」という概念がある。彼は熱烈な愛国者でもあったが、同時に「自由と独立」のために闘う外国人をも「同胞」あるいは「兄弟」と呼んで、決して排外的なナショナリストにはならなかった。/その意味で彼の日蓮観は、国家権力からの自由と独立の側面に意義を見いだそうとする。伊豆と佐渡への両度の流罪、そして「竜(たつ)の口の法難」についても「日本宗教史上、最も有名な出来事」として、とくに詳細なる描写を加えていく。さらには、西洋における宗教改革者マルティン・ルターと対照させ、権力の迫害にも屈しない実践行を、高く評価しているのだ〉

 内村は、留学を通じて米国のキリスト教が堕落し、社会が拝金主義的になっていることを知り、憂えた。そして日本的価値観に基づいて日本にキリスト教を土着化させることを考えた。そのときの模範となった宗教者が日蓮だった。日蓮に宗教改革者の魂を見出したのだ。池田氏は愛国者であるが国家権力からの独立性を保つという内村の宗教観に共鳴した。歴史的に見るならば国家から独立したネットワークを形成することに成功したからキリスト教は世界宗教になったのだ。創価学会も世界宗教を指向しているが、各国創価学会の独立性を尊重した上でネットワークとしてSGIを発展させるというアプローチはキリスト教と親和的だ。

 人が宗教を信じる理由は、教義や決断ではなく、その宗教を信じる人から感化されることによってである。〈私は、初めて『代表的日本人』を読んだ際には、まだ信仰の道には入っていなかった。しかし、戦時中の国粋的な日蓮主義者たちの主張とは、およそ正反対の日蓮観を、すでに鑑三の著作から得ていたのかもしれない。/ただし、それによって直ちに日蓮大聖人の仏法に興味を抱いていったのではない。あくまで、戸田城聖という一個の稀有な仏法者に接して、初めて師とすべき人物を見いだし、やがて私も信仰者の道を歩むことになった〉と池田氏は述べる。

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source : 文藝春秋 2023年3月号

genre : ニュース 社会 読書