引き継がれる『資本論』の独創的な解釈 『資本論の経済学』宇野弘蔵

ベストセラーで読む日本の近現代史 第113回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 経済 読書

 柄谷行人氏(哲学者・思想家)が2022年の「バーグルエン哲学・文化賞」の受賞者に決まった。

〈米カリフォルニア州のシンクタンク、バーグルエン研究所が(一二月)八日、発表した。この賞は、同所長で慈善家のニコラス・バーグルエンさんが「哲学のノーベル賞」を目指して二〇一六年に創設し、「急速に変化していく世界のなかでその思想が人間の自己理解の形成と進歩に大きく貢献した思想家」に毎年授与している。/柄谷さんの受賞理由は「現代哲学、哲学史、政治思想に対する極めて独創的な貢献」。そして「混迷するグローバル資本主義と民主主義国家の危機、めったに自己批判が伴うことのないナショナリズムの復活という今の時代において、その作品は特に重要である」とされた。アジア初の受賞。柄谷さんは「思いもかけなかった評価に喜んでいる。感謝しています」と話す。賞金は一〇〇万米ドル(約一億三七〇〇万円)。授賞式は来春、東京で行われる予定だ〉(2022年12月9日「朝日新聞」朝刊)

 柄谷氏は2022年10月に自らの哲学の集大成というべき『力と交換様式』(岩波書店)を上梓した。世界史の構造を柄谷氏は、4つの交換様式という理念型を設定することで整合的に説明しようとする。

〈交換様式には次の四つがある。/A 互酬(贈与と返礼)/B 服従と保護(略取と再分配)/C 商品交換(貨幣と商品)/D Aの高次元での回復/私がこのように考えるようになったのは、経済的ベースを生産様式(生産力と生産関係)に見出すマルクス主義の見方ではうまく説明できないことが多かったため、それがさまざまな形で批判され、最終的に、経済的ベースという考えそのものが否定されるにいたったからだ〉

Dが必ず到来する

 Aでは氏族、Bでは国家、Cでは資本が優位になる。近現代の社会は氏族、国家、資本の原理が絡み合っているが、資本が優位を占める経済社会である。こういう社会では、〈今後に、戦争と恐慌、つまり、BとCが必然的にもたらす危機が幾度も生じるだろう〉と予測する。ただし、絶望するには及ばない。

〈しかし、それゆえにこそ、“Aの高次元での回復”としてのDが必ず到来する〉と柄谷氏が信じているからだ。このDをある時期、柄谷氏は共産主義とかアソシエーションとかいう用語で表現していた。それが『力と交換様式』では、キリスト教神学に接近してイエス・キリストの再臨との類比(アナロジー)でとらえている。いわゆるマルクス主義者は国家と資本を廃絶し新しい構造を作り出そうとした。柄谷氏はこのアプローチが間違っていたと考える。

〈国家や資本を揚棄すること、すなわち、交換様式でいえばBやCを揚棄することはできないのだろうか。できない。というのは、揚棄しようとすること自体が、それらを回復させてしまうからだ。唯一可能なのは、Aにもとづく社会を形成することである。が、それはローカルにとどまる。BやCの力に抑えこまれ、広がることができないからだ。ゆえに、それを可能にするのは、高次元でのAの回復、すなわち、Dの力によってのみである。/ところがDは、Aとは違って、人が願望し、あるいは企画することによって実現されるようなものではない。それはいわば“向こうから”来るのだ。この問題は、別に新しいものではない。古来、神学的な問題、すなわち「終末」や「反復」の問題として語られてきたことと相似するものである。(中略)/マルクスはこの問題を、神を持ち出さずに考えようとしたといってよい〉

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : エンタメ 経済 読書