衆目を集めた今東光との「全面戦争」
関東大震災から帝都東京が復興するスピードと合わせるように、菊池寛と「文藝春秋」は急速に立ち直った。大正13年4月号では発行部数2万部に達し、同年1月から4カ月分の利益総計1589円のうち700円を原稿料未払いの寄稿家に分配するという余裕まで生じた。
騎虎の勢いに乗った菊池寛は7月特別附録号の巻頭で「文藝講座」という新企画をぶち上げる。これは1カ月1円20銭なりの会費を納入すれば毎月2回講義録が配布され、6カ月で講義終了という形式の通信講座だった。大日本雄弁会講談社の講義録出版の焼き直しともいえたが、「講座」というアカデミックなネーミングにしたところが復興景気に沸く新中間層の勉強熱と見事同調したのである。
では「文藝講座」の内容はいかなるものだったのか? 課目はレベルの高いカルチャー・スクールといった趣きで、これを芥川龍之介、菊池寛、久米正雄、山本有三、徳田秋声の責任講師ほか各分野の専任講師が担当することになっていた。ちなみにフランス文学講座の担当講師は辰野隆と豊島与志雄。
「文藝講座」シリーズは予想を越えた反響を呼び、翌大正14年4月号の広告ページでは「『文藝講座』第一囘會員は、一萬五百名の大數に逹し」たと自画自賛され、第2回会員が募集されている。企画が「文藝春秋」の財政的基盤を強固にしたことは間違いない。
最初の伝記である鈴木氏亨『菊池寛傳』は「この『講座』といふ名稱だが、これはその以前には無かつた。全く氏獨得の創案にかゝるものだつた。今から考へればなんでもないことだが、最初に考へ出した菊池氏の功績は、どうしても出版界から、忘れらるべきものではない」と、昭和の「講座」ブームの先駆けとなったことをアピールしている。
とはいえ、大企画だったから、同人たちへの負担も大きかったが、鈴木氏亨は、それがかえって楽しかったと当時の社内の様子を伝えている。
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source : 文藝春秋 2023年4月号