2018年3月、滋賀県守山市野洲川の河川敷で、頭部や手足が切断された50代女性の遺体が見つかった。同年6月に逮捕されたのは、被害者の長女、髙崎あかり(仮名:当時31)。その後の公判で浮かび上がったのは、母親に医師になることを強要され、9年もの浪人生活を送った娘の壮絶な半生だった。
著者の齊藤氏は当時、共同通信大阪支社の司法記者。公判を傍聴するなかで、あかりの人生に個人的に関心を寄せるようになった。
「彼女を深く知りたいと思った大きなきっかけは、20年11月に控訴審が結審した際、弁護士を通じて発表された文書です。『母の呪縛から逃れたいが為に、私は凶行に及びました』という一文があった。私自身、過保護な母との関係に悩んだ経験があり、『呪縛』という言葉に引き寄せられました」
翌月、大阪拘置所であかりと面会。そこから30を超える書簡のやり取りを続け、彼女の半生を紐解いていった。本書にはあかりの手記も数多く挿入され、“共作”の形をとっている。
「書き進めるごとに、あかりさんと視点が一体化していき……。彼女が三十余年で味わった痛みを追体験するようで、執筆作業は辛く苦しいものでした」
あかりが小学6年生の時に両親が別居、母との2人暮らしが始まる。日々勉強の様子を監視され、成績が悪いと激しく罵倒、鉄パイプで殴打されることも。母から許された大学進学先は「自宅から通える国公立医学部」のみ。実力は遠く及ばず、浪人生活を繰り返した。20歳の時、就職して家を出ようとするも、母が探偵を雇って連れ戻される。
「4浪目のある時、あかりの母は自殺を図っています。『今までしたことは何なのか、虚しくなった』と、自分の親心が娘に届かないことを嘆いていたそうです。その過剰な、一方通行の愛情が、事件を引き起こしたのだと思います」
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source : 文藝春秋 2023年4月号