「日本では絶対できない」—— 東北から九州まで歩いて分かった過酷な実態
成田空港にも近い千葉県北部。見渡すかぎり灰褐色の畑が広がっていた。知人の農業関係者が運転する軽四輪は農道を駆け抜けると、一軒の家の前で止まった。ニンジンを中心に「慣行栽培」をしている農家だ。農薬や化学肥料を使わない「有機栽培」に対して、農薬や化学肥料を使う栽培法を「慣行栽培」という。
長年、私は農薬の害について取材を重ねてきた。病害虫を殺し、雑草を枯らす農薬が、人間の健康に良いと思う人はいないだろう。日本人の多くは安心安全な食品を求めているのに、国産の有機野菜は出回っている量の1%にも満たない。なぜなのか。その背景には、消費者には伝わってこない生産者の事情があるのではないか。東北から九州まで、畑を見ながら生産者の声に耳を傾けた。
まず訪ねたのが、巨大な消費地を抱える首都圏の農家だ。開口一番、農薬を手放せない理由は「連作障害だ」と言う。毎年、同じ畑で同じ作物を植えると土壌のバランスが崩れて病原菌などが増え、野菜が育ちにくくなることを連作障害という。これを抑えるのに農薬で土壌を消毒する。ただし、土壌消毒によく使われる農薬のクロロピクリンは、EUで禁止されているほど毒性が強いことは、消費者はもちろん農家にもあまり知られていないという。
「農薬を使わないと、市場が求める規格に合わないものができて安く買いたたかれるし、量が揃わなければ他の産地にシェアを奪われる。だから無理して使っているんです。土地を休ませればいいけど、耕地に余裕がないから無理でしょうね」
――連作するとどうなるんですか?
「ニンジンに黒いシミのようなものが出ます。食べても味は変わりませんが、シミが1個か2個だと見た目が悪いということで、等級が下がって買い叩かれ、3個以上なら捨てています。出荷する野菜には形や重さに細かい規格がありますから、つい農薬を使ってしまうんです」
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source : 文藝春秋 2023年4月号