私には、自分自身の生きざまに影響を与えた教科書とも呼べる本が3冊あります。1冊目は、就職に悩んでいた40年前にひもといた『官僚たちの夏』(城山三郎、新潮文庫)です。
高度成長期の通産省に実在した個性派事務次官がモデルの主人公、風越信吾をはじめとする官僚たちの物語です。
当時の私は写真展で目にした水俣病患者の親子の哀切な姿にショックを受け、義憤から環境庁で働きたいと考えていたのですが、公害を垂れ流す企業側、いわば“やっつける相手”と思っていた通産官僚に会うと、一人ひとりが「国を動かしている」という自信に満ちていておもしろい。「この役所のことを知りたい」と手に取ったのがこの本です。
現在の目から主人公たちの振る舞いを見ると、産業への介入の仕方がどうとか、滅私奉公はブラック労働だという批判もあるでしょう。ただ、結果として、政策に間違いはあっても、国のため、人のため、自分の頭と体をフルに生かしたい。そんな志に突き動かされた風越の生きざまには間違いはなかったと思います。
のちに知ることになる官庁のリアルに肉迫していることにも興味をそそられました。背中を押されるように通産省に就職し、入省してから、後悔することはありませんでした。
2冊目は、『失敗の本質』(野中郁次郎ほか、中公文庫)です。入省から2、3年経ったころ、新聞の書評を読んだのがきっかけです。
ノモンハンやインパールなど第二次大戦中やその直前に日本が戦った主な作戦をケーススタディに、軍の意思決定のあり方を分析した名著です。合理性より人間関係を優先させるといった日本的組織の弱点を具体的に明らかにしていました。
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source : 文藝春秋 2023年5月号