本書から「ビリギャル」という新語が生まれた。ビリギャルのさやか役を有村架純氏が演じる映画も話題になっている。偏差値30台の高校2年生を、夏休みから指導して、約1年半で慶應大学に合格させたことが奇跡のように受け止められているが、生徒の資質を見極め、塾教師が適切な指導を行なえば、決して不可能なことではない。
筆者自身にも似た経験がある。具体的には、数年前、25歳のフリーターの青年を約7カ月指導して、同志社大学の神学部、法学部、文化情報学部、社会学部に合格させた経験がある。いずれの学部も上位10%以内で合格し、第一志望だった神学部に進学した。都立高校に入ったが、馴染めずに中退し、通信制高校を卒業した後、私大に進学したが、すぐに退学した。その後、フリーターを続けていたが、社会的問題意識が強く、筆者の講演会にもよく顔を出すので親しくなった。筆者が、その青年に「問題意識を先行させるだけで、基礎学力がないと、空回りを続けるよ」と伝えると、最初は反発していたが、1年くらい経ってから「大学で哲学か神学を勉強したい」と真剣に相談してきた。筆者は、雑誌『月刊日本』の副編集長をつとめていた尾崎秀英氏(今年1月に40歳で病死)に相談した。尾崎氏は、東京大学文学部思想文化学科(倫理学研究室)を卒業した後、予備校で英語を教えながら、編集者として活躍していた。尾崎氏の見立てでは、この青年の学力は、偏差値30台後半で、同志社に合格するためには、25〜30偏差値を上げる必要があるが、戦略を正しく組めばそれは可能であるということだった。筆者と尾崎氏で相談し、まず、勉強を英語、国語、世界史に絞り込んだ。世界史にしたのは、大学に入ってから学ぶ事柄との連続性が高いからだ。国語については、古文は今から勉強しても間に合わないので、切り捨て、現代文に集中する。さらに予備校の講義を聞いているのでは、非効率なので、参考書と問題集を指定して、徹底的に記憶させるという方針を取った。英語と現代文は尾崎氏が担当し、世界史は筆者が担当した。大学入試は、世界史Bから出題される。世界史Bは、いわゆる進学校の学科だ。しかし、筆者はあえて最初の教材を実業高校で用いられる世界史Aに対応したものにした。世界史Bが事実の羅列が中心であるのに対して、世界史Aは近現代史に特化し、記述が解りやすいからだ。青年には、毎日、練習問題を解かせ、それをファックスで筆者に送るように指示し、添削して戻した。約2週間で、世界史Aの内容を完全にマスターし、1カ月半で世界史Bも修了した。模擬試験での偏差値は70台後半で、一度は80を越えた。世界史の学力では、全国の受験生のトップクラスになったということだ。英語、現代文も着実に力がついて、5カ月後には、同志社の文科系ならばどの学部でも合格する基礎学力が付いた。残りの2カ月は、過去10年の同志社の文科系全学部の英語、国語、世界史の入試問題を制限時間の3分の2で処理させ、間違えた箇所について、徹底的な復習をさせた。勉強の技法については、坪田信貴先生が「ビリギャル」に対して、取ったのとほぼ同じだ。生徒の学力がどのレベルにあるかを(本人の自己申告を鵜呑みにせずに)客観的に測って、知識の欠損を参考書と問題集によって、着実に埋めていくという手順を取る。あとは志望校の入試問題の傾向(クセ)を調べて、その対策をすることだ。
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source : 文藝春秋 2015年7月号