「認知症の介護は大変だ」とよく聞く。実際、家族にとって心労も大きく、非常に大変であるのは事実だろう。だがもしかすると、認知症のことをよく知らずに介護を行っていることで、余計な苦労をしてしまっているのではないだろうか。そう思ったのは、昨年、認知症の当事者たちの生の声を集めた『ゆかいな認知症』を著してからである。
取材した方々は、同じアルツハイマー型認知症でも症状がみな違った。認知症になったら必ず表れるとされる記憶障害、見当識障害など「中核症状」ですら違う。これではマニュアルに則った介護は役に立たない。認知症の当事者の中に何人か、「介護の仕方に違和感を覚える」と語っていた人がいたのはそのせいだろう。誤解の上に成り立つ介護は、介護する側にもされる側にも苦痛を与える。これが介護負担を重くしているのではないか。
「徘徊」を繰り返す認知症の人がいたとする。家族は「ボケてしまって、自分の家も分からなくなった」と思い、「困ったものだ」と外へ出ないように鍵をかけてしまう。決して「徘徊」するには理由があるからだ、とは考えない。なぜなら、「認知症になったら何も分からなくなる」といった先入観が、私たちに刷り込まれているからである。
半世紀前は、認知症になると家族はその事実を隠した。認知症は遺伝すると信じられており、他人に知られるのは恥ずかしいからである。ところが、症状が進み手に負えなくなると、あわてて病院に駆け込む。他人の目に初めて触れるのはこの時なので、症状が重いというイメージが印象に残ってしまうのである。
だがここ数年、認知症の方が自ら考えを発信するようになった。それらを見聞きすると、私たちの先入観がいかに間違っていたかが分かる。
例えば、誰でも自分が嫌な事をされたら怒るだろう。これは認知症の人も同じである。散歩好きな人が、認知症になったからといって、家に閉じ込められたら嫌で怒るのは当然のことだ。こんな当たり前のことが、誤った認知症観によって分からなくなっているのだ。結果、つい介護の際に相手の嫌がることをしてしまい、余計に手がかかってしまう。
つまり、行っている介護のどこが間違っているかを修正できれば、家族は多少なりとも楽になるはずだ。
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source : 文藝春秋 2019年7月号