天皇陛下が6月2日、愛知県における全国植樹祭で、「みなさんとご一緒に植樹を行うことをよろこばしく思います」と述べられたことが話題となった。国民に対して〈ご一緒〉という丁寧な敬語を使われたことが異例であるというのだ。
しかし、この〈ご(御)〉は広義の敬語のうち、物事を美しく、上品にあらわす美化語に属すると考えられるし、〈ご一緒〉のうちに陛下ご自身も含まれるとするならば、尊い方がもったいなくも国民に恭(うやうや)しい言葉を使われた例とは必ずしも言えないのではなかろうか。あるいは、天皇と国民とが1つになって事をなすさまを、美々しく、丁寧に表現された例と言うべきかもしれない。
ただ、かりに尊貴な人が恭しい敬語を使ったとしても、まったく驚くには当たらないのだ。敬語には「相手を敬う」という機能のほかに、「自己の品位を保つ」という機能もあるからだ。世間ではなんとなく、敬語は目下の者が目上の者に使うべきものと考えられているようだが、目上の者こそ、その人生経験や地位にふさわしい人徳や雅量を示すべく、丁寧で美しい敬語で話すべきだ、という考えも成り立つわけである。実際、私が知る昭和天皇、現在の上皇、今上天皇のご三代はどなたも――時代により、そのスタイルに変化はありつつも――つねに丁寧で、上品な言葉を用いられてきている。
思えば、「悠久」と呼ぶべき伝統を誇る天皇や皇室も、ずっと安泰であったわけではない。たとえば、将軍・足利義満が皇位を簒奪(さんだつ)しようとしていたとされる室町時代前期や、国中が戦火に明け暮れた戦国時代後期などは存続の危機にあったという。さらに、今年の8月には令和の御世になってはじめての「終戦記念の日」を迎えるが、74年前の敗戦もまた、大きな危機であったと言えよう。
当時、連合国代表の中には、昭和天皇を戦争犯罪容疑で訴追することや、天皇制を廃止することすら主張する向きがあった。また、占領軍当局の奨励もあって、国内の新聞・雑誌でも、天皇はしばしば厳しく批判された。それに対する昭和天皇のご苦悩は、拙作『昭和天皇の声』でも扱ったところである。
私自身は、昭和天皇に戦争責任を問うのは無理だと思っているが、結局、天皇は日本国憲法において、日本国及び日本国民統合の〈象徴〉と規定されて、戦後も存続することが正式に決まった。元首として規定されていないことなどを問題視する向きもあるが、天皇の存続それ自体は、日本人にとって幸福であったと思われる。
現在、世界には「ポピュリズム」が蔓延し、大統領ら他国の代表たちが、SNSなどを通じ、およそ上品とは言えないことを次々と発信して、人々の間に対立と憎しみを煽るさまが目立つ。いっぽう、我が国においては、内外にさまざまな問題や対立を孕(はら)みつつも、それを超越した「悠久の日本」を体現される天皇陛下が、気品ある、優美なるお言葉やお振る舞いをもって、非運にたおれた霊を慰められ、災害などで苦しい立場に置かれた人々を励まされ、また人々の安寧や幸福を祈願される。私は、天皇を戴(いただ)くこの日本のシステムのほうが優れていると思うし、これが日本の社会の安定や繁栄、文化の洗練などに寄与した面は小さくないと考えている。
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source : 文藝春秋 2019年9月号