サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
前回、モンティ・ホール問題に多くの人々が引っかかったという話を書いた。ここで騙されてしまった一人が、高名な数学者であるポール・エルデシュだ。彼は天才にありがちな変わり者で、ひとところに落ち着くことが全くできない人物だった。スーツケース一つを抱えて世界各地の大学を渡り歩き、そこにいた数学者と共同研究を行うのが彼のスタイルであった。訪問を受けた側も、エルデシュがいれば問題が早く解決するため、みなが彼を歓迎した。こうして彼は、史上2位となる約1500篇の論文を執筆し、その共同研究者は累計512名に上っている。
ここから考えられたのが、エルデシュ数という概念だ。エルデシュと共同で論文を書いたことのある者は、エルデシュ数1となる。さらにエルデシュ数1の者と共同で論文を書いた者はエルデシュ数2といった具合に数字が決まっていく。要するに、伝説の数学者にどれだけ近い存在かを表す数字だ。
こうして調べていくと、実はかなり広い範囲の科学者が低いエルデシュ数に収まる。たとえば、数学とは遠く離れた化学分野の論文に、幾度か名前が載っただけの筆者でさえ、エルデシュ数は5なのだ。
他の分野でも、これに似た数字が考案されている。たとえば、米国の俳優ケヴィン・ベーコンとの共演経験に基づく「ベーコン数」というものがあり、ハリウッドの俳優の大半がベーコン数2以内だという。渡辺謙や真田広之らもベーコン数2なので、日本人俳優の多くも3以内に収まるだろう。女優のナタリー・ポートマンは、学生時代に化学の論文執筆経験があるため、エルデシュ数5とベーコン数2の両方を持つそうだ。
囲碁界では、幕末の大棋士であった本因坊秀策との対戦経験に基づく「秀策数」というものが定義されている。97歳の現役プロ棋士である杉内寿子(かずこ)八段が、存命者ではおそらく唯一の秀策数3の保持者だ。ちなみに筆者の秀策数は5であるらしい。一介のアマチュアから伝説の棋士まで、たったの4人を挟んだだけでたどり着くというのは実にロマンがある。
こう見てくると、世間とは意外に狭いのだなと思えてくる。縁がある、ないとよく言うが、人と人はもともとつながっているものであり、「縁があった」というのは、そのつながりをうまく掴み出せたことを言うのだろう。
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