サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
前回、確率に対する人間の直感があてにならないという話を書いた。こうした直感を裏切る確率問題の中でも、最も有名なものが「モンティ・ホール問題」だ。一見単純ながら、本職の数学者たちもまんまと騙されたことで知られる。
この問題は、米国のテレビ番組に由来する。3つの扉が用意されており、1つの扉だけが当たりで、残り2つは外れだ。ゲストが扉の一つを選んだところで、正解を知っている司会者モンティ・ホールは残りの扉のうち一つを開け、それが外れであることを示す。その上でゲストに対し、「今から扉を選び直すことができます。変更しますか?」と問いかけるのだ。
ある時、雑誌のコラムに「ゲストはここで扉を選び直すべきか、そのままがよいか」という質問が寄せられた。コラムニストは「変更した方がよい。当たる確率が2倍になる」と回答したが、ここに雑誌の読者(数学者を含む)からの反論が1万通も殺到した。そのほとんどは、当たりと外れの2択なのだから、扉を変更してもしなくても確率は2分の1だという主張だった。
コラムニストの解説は以下の通りだ。最初に当たりの扉を選んだ場合、変更すれば必ず外れになる。一方、最初に外れの扉を選んだ場合、司会者がもう一つの外れの扉を開けてくれるので、変更すれば必ず当たりになる。そして最初に外れの扉を選ぶ確率は3分の2。つまり扉を変更すれば当たる確率は3分の2となり、変更しなければ3分の1というわけだ。
こうした説明を聞いてもなお納得しない者は多く、誌上で激しい応酬が数回にわたって続けられた。そこである人がパソコンでシミュレーションを行ってみたところ、コラムニスト側の主張が正しいことが実証されてしまったのだ。勢い込んで反論していた数学者たちが、顔色を失ったのは言うまでもない。
だが、どうにもこの結論は直感に反する。筆者自身、いろいろな解説を読んで一応頭で理解はしたものの、本当なのか?という思いが未だ拭えない。今さら扉を変えても確率が変わるわけないじゃないか、という気がして仕方ないのだ。
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source : 文藝春秋 2024年4月号