AI殺し戦法の戦績

数字の科学

佐藤 健太郎 サイエンスライター
エンタメ サイエンス

サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します

 今や世を挙げてのAIブームだ。その原点は、2016年に囲碁対戦AIが人間の世界王者を打ち破ったことであった。囲碁対戦AIはその後も進化を続け、現在ではトップ棋士でも三子という大きなハンデが必要なほどの、恐るべき強さになっている。

 ところがこの囲碁対戦AIを、ハンデなしで打ち破るアマチュアが現れた。米国のケリン・ペリン氏は、最強レベルのAI「カタゴ」と15戦し、なんと14勝を挙げて見せたのだ。

 圧勝の秘訣は、同氏が採用したある特殊戦法にあった。自分の石の一団を相手に囲ませ、それをさらに自分の石で囲んで「二重包囲」の形を作るというものだ。この形になると、AIは自分の石に危険が迫っているのに放置し続け、全滅するまで気づかない。つまり、一種のバグなのだ。ちなみに人間にはこの形の危険はすぐにわかるので、このAI殺し戦法は人間相手には全く通用しない。

 ちょっと面白いことに、囲んだ石を追い詰めていく際、そこばかりを打ち続けるとAIに気づかれてしまう。時々他の場所に打って行きつ戻りつしながら、少しずつ詰めていくことが必要だ。まさかAIが注意力散漫になるわけでもあるまいが、こうしないとうまく行かないのだから不思議なものだ。

 ところでペリン氏は、どのようにしてこの奇妙な戦法を編み出したのだろうか。実は、これを発見したのもAIだった。ペリン氏は専用AIを作って「カタゴ」と100万回以上対戦させ、この弱点を見つけ出したのだ。要領さえつかめば、人間がAIのアシストなしでも勝つことが可能で、筆者自身も試してみて成功した。

 なぜこんなことが起こるのだろうか。二重包囲という形は通常の囲碁の実戦にはほとんど現れないため、AIがこれを学習する機会がなかったと推測される。実のところAIは、過去のデータから統計的に勝ちやすい手を選択しているだけであり、石の強弱や生死といった囲碁の基本概念を理解しているわけではないのだ。碁を知らないのにあの強さというのはなんとも不思議だが、AIとはそういうものであるらしい。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ サイエンス