最近、企業や官庁の幹部、人事担当者から「佐藤さんはZ世代(1990年代後半以降に生まれた人々)との付き合いもあるでしょう。あの人たちが何を考えているかわかりますか。能力は高いのだけれど、やる気がない。少し厳しい指導をすると、すぐに折れてしまい、退職してしまうことがある。こういう若者が増えると日本の将来がどうなるか、心配になります」という、半ばぼやきのような相談を受けることがよくある。評者は「Z世代は、今の社会を作ったわれわれに対して怒っているのだと思います」と答えると、質問者はいずれも怪訝な顔をし、「あの若者たちに怒りというような激しい感情があるとは思えません」と言う。評者は、「Z世代の内在的論理を理解するためにとてもよい小説があります」と言って本書を勧めている。
この小説は沼田さんという人物が慶應義塾大学に在学していた2016(平成28)年から、卒業してベンチャー系企業に入り、さまざまな出来事に巻き込まれ、2023(令和5)年には隠遁者のようになってしまう過程を描いている。それを沼田さんと出会った4人の人物が語っていくという構成だ。大学時代、沼田さんはビジネスコンテスト(ビジコン)運営サークル「イグナイト」に入り、滅私奉公の精神でこのサークルのために尽くした。
〈沼田さんはイグナイトに入ったばかりのころは、皮肉っぽい面は多少ありつつも、素直にアツくなれるタイプの人だったそうだ。勉強会のテーマを事前に確認して文献を読み込んだり、みんなが面倒臭がる会計やホームページ管理を進んで引き受けたり。15人の同期の中でも沼田さんは頭ひとつ抜けた存在で、きっと彼が来年のイグナイトの代表になるだろうと、誰もがそう思っていた〉
しかし、沼田さんが代表になることはなかった。吉原がこのサークルに入ってきたからだ。
世渡り上手の若者が評価される
〈「聞いたことない? 吉原が『現役』高校生起業家だったって。界隈では結構有名だったんだよ」/吉原さんは(略)由緒正しいお家の出なのだそうだ。おじいちゃんが戦後すぐに肥料の会社を興して成功して、お父さんは通産省官僚を経て会社を継いで、三代目と目される吉原さんは、家族の後押しもあって高校1年生のときに起業した。小学校から立教の付属校に通い、中高生のうちから高級ブランドのファッションを愛用していた彼が、そのセンスを生かして国内で買い集めた古着を東アジア向けに販売するという、いわゆる越境ECビジネスだったらしい。/「育ちもツラもいいオシャレなお坊っちゃまがさ、腕組んでビジネス雑誌に載って『サラリーマンは正直オワコン』とか、ドヤ顔で語るわけよ。どうなると思う?」/ネットでボコボコに叩かれたらしい。匿名掲示板には連日アンチスレが立ち並び、そこに同級生を名乗る人が真偽も定かではない暴露なんかを書き連ねた。炎上のせいか、あるいは元々筋のよくない事業だったのか、とにかくその事業は1年半ほどでクローズという結末を迎えることとなり、現役高校生起業家による挑戦は、彼がまだ「現役」高校生のうちに終わってしまった。/そうして吉原さんは失意の中、居辛さから逃れるためか、エスカレーター式に立教大学には進学せず、AO入試で慶應に入った〉
吉原にはカリスマ性があり、イグナイト代表に選ばれる。この男には起業家としての企画力や実行力は備わっていないが、世渡りがうまい。こういう人間が大人たちから評価される。沼田さんはこういう日本の社会に嫌気がさしてしまった。
大学を卒業しても、吉原の影が沼田さんにつきまとう。2022年、沼田さんはベンチャー系企業からの出向で、池尻大橋にある大学生向けシェアハウス「クロスポイント」に社会人チューター(学生の指導係)として住み込む。このシェアハウスの目的は未来のエリートを養成することだ。そこで社会人チューターのリーダーは入居動機として数人の学生が同じ事柄を述べることに気付いた。
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