永田町(政界)と霞が関(官界)で最近、岸田文雄首相が憲法改正を主要議題にして自己の権力基盤を浮揚させようと考えているという話が囁かれている。もっとも憲法改正の必要性を焦眉の課題と考えている国民は少ないようだ。
〈国民の間で、憲法を変える機運は「高まっていない」という受け止めが七〇%にのぼっていることが、朝日新聞社の全国世論調査(郵送)でわかった。憲法改正が必要だと思う人や自民支持層でも機運は「高まっていない」という回答がそれぞれ六三%、六四%と目立つ。/岸田文雄首相は九月までの自民党総裁任期中の改憲実現を唱えてきたが、世論の大勢は冷めた目で見ている。/(略)首相の意向もあり、自民党が他党に呼びかけている国会での具体的な改憲条文づくりについては、「賛成」五九%、「反対」三〇%。立憲支持層では三七%対五三%と反対の方が多いが、維新支持層では六九%対二〇%と賛成多数だった。/自民などが改憲条文づくりでまず着手することを想定しているのは、大規模災害などの緊急事態の際の国会議員の任期延長だ。衆参両院の国会議員の任期は憲法でそれぞれ四年、六年と規定されている。/今回調査で、緊急事態で選挙が行えない場合の任期延長への考えを聞くと、「憲法を改正して対応するべきだ」が五一%、「その必要はない」が四一%だった〉(「朝日新聞デジタル」5月4日)
改憲論者の本音は、大規模災害に備えた憲法改正でなく、国防の障碍になっていると思われる憲法九条の改正だ。台湾に最も近い日本の自治体である与那国町の町長が改憲派の見解を代弁している。
〈与那国町の糸数健一町長は(五月)三日、都内であった憲法改正の発議を求める集会で登壇し、「日本は旧宗主国として台湾に対する責任を放棄してはならない」などと述べた上で、台湾海峡問題を踏まえ新しい憲法には「最低でも自衛隊の明記と緊急事態条項を盛り込む必要がある」と提言した。加えて国の交戦権を認めないと規定する憲法九条二項に言及し「できれば『認めない』の部分を『認める』に改める必要があると思う」と改定を求めた。/対中国を念頭に「全国民がいつでも日本国の平和を脅かす国家に対しては一戦を交える覚悟が今、問われているのではないでしょうか」とも述べた。/現行憲法については「だれが読んでもおかしな日本語で書かれた現憲法前文からして、現憲法は先の大戦における大和民族の命を惜しまぬ勇猛果敢さに恐れをなしたマッカーサーをはじめとするGHQにかすめとられた、一部のばかな日本人も加担して」作成されたものとの認識を示した〉(「琉球新報デジタル」5月4日)
「琉球新報」は、5月6日の社説で〈仮に台湾有事となれば、与那国島をはじめ沖縄県内の住民が戦闘に巻き込まれる恐れがある。その住民に「戦う覚悟」を求めることは容認できない〉と書いた。評者の知る限り、糸数町長の見解は沖縄の多数派を代表しているとはいえない。
エリート層の教科書
この機会に去年9月に改訂第八版が上梓された芦部信喜氏(1923〜1999)のベストセラーでありロングセラー『憲法』における憲法九条に関する解釈を紹介すると共に検討してみたい。東京大学法学部で芦部氏の教えを受けた官僚、裁判官、検察官、弁護士、国会議員、民間企業幹部が現在も数多く活躍している。また芦部『憲法』は、現在も司法試験、国家公務員試験等の標準的教科書で、日本のエリート層の基本的な頭作りをしている。
憲法第九条は、〈(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。/(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない〉と定めている。芦部氏は日本が放棄した戦争の性格については、2つの解釈が可能であると説く。
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