11月の米大統領選次第で、ちゃぶ台返しが起きうる『たそがれゆく日米同盟──ニッポンFSXを撃て』手嶋龍一

ベストセラーで読む日本の近現代史 第128回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
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 勇ましいことを声高に主張する人が愛国者であると評者は思わない。防衛装備品の国外への輸出は、日本の防衛産業の生き残りのためにも、安全保障環境の改善のためにも必要だ。現在中国が東南アジア諸国に対して戦略的に武器輸出を展開している。事態を座視していると、東南アジア諸国の兵器体系が中国仕様になる。このような状況を作らないためにも、抑止力を強め、日本とその周辺地域の平和を維持する目的に適うならば、殺傷能力を持つものを含む防衛装備品の東南アジア諸国への移転は必要と考える。

 そのことと今回、自民党の国防族と防衛産業のロビイストが政府に働きかけ、国民に詳細を知らせないまま、殺傷能力を持つ戦闘機を含む装備品の輸出を解禁しようと画策したことは位相を全く異にする問題だ。問題の深刻さに気付いた公明党幹部が積極的に動いた結果、今回は一定の歯止めがかかった。

〈日英伊で共同開発中の次期戦闘機をめぐり、自民、公明両党は[三月]一五日、第三国への輸出解禁で正式合意した。政府は月内に輸出容認の方針を閣議決定する。「殺傷能力のある武器の最たるもの」(自民議員)である戦闘機の輸出容認は昨年末の武器輸出規制の大幅緩和に続き、戦後安全保障政策の大きな転換となる。/自民の渡海紀三朗、公明の高木陽介両政調会長が国会内で会談し、「歯止め」を設けることを条件に次期戦闘機の輸出解禁に合意。輸出対象を国際共同開発品全般ではなく次期戦闘機に限定し、輸出先は日本と「防衛装備品・技術移転協定」などを締結する国とした。現状は一五カ国ある。「現に戦闘が行われている国」も除外する。今後、実際に輸出する場合、輸出先など個別案件ごとに閣議決定を経て決める。/次期戦闘機は日本にとってF2戦闘機の後継にあたり、二〇三五年の配備を目指す〉(「朝日新聞」3月16日朝刊)

 防衛産業のシンクタンクに属する元外務省幹部は、国家安全保障局の決定のみで、殺傷能力を持つ防衛装備品を一部のネガティブリストに載せられた国家を除き、どの国にも移転すべきと主張している。この主張が通ると「何でもあり」に近い状態になり、日本が武力紛争の当事国となるリスクが高まる。また日本経済が軍事にシフトし「死の商人」が闊歩することになりかねない。このようなことをすると太平洋戦争敗北後、平和国家として国際社会で積み上げてきた日本の信用を毀損する。公明党は次期戦闘機に限定して第三国輸出の可能性を認めたにすぎない。しかも今後、戦闘機を実際に輸出する場合、輸出先など個別案件ごとに閣議決定を経るということは、かなりの縛りになる。自民党の国防族と防衛産業のロビイストは「公明党め、よくも邪魔をしてくれたな」と強い不満を抱いていると思う。

戦闘機開発を米国は認めるのか

 同時に今後の米国内政にも注目する必要がある。日本の同盟国は米国だけだ。日本が同盟国以外と戦闘機を共同開発するのは今回が初めてだ。日米同盟は盤石だから、今回の戦闘機共同開発をどの政権になっても米国は容認すると自民党も政府も考えているのであろう。この点に関して次期戦闘機プロジェクトを統括するポストを務めている防衛装備庁の射場隆昌事業監理官は、去年、NHKのインタビューに次のように答えている。

〈アメリカは、日本にとって唯一の同盟国だ。怒っていないのだろうか?/と言うのも、日本には苦い記憶があるからだ。/かつて一九八〇年代に、のちにF2と呼ばれる次期戦闘機の開発計画が持ち上がった際、当初は日本独自の開発を目指したが、日米経済摩擦を背景にアメリカ議会の介入を招き、結局はアメリカのF16をベースにした日米共同開発を受け入れざるを得なかった歴史がある。/そのことを問うと、射場は、きっぱりと否定した。/「全くないと思います。二〇一七年から二〇年まで、ワシントンの日本大使館で勤務して国防総省の人と今でも付き合っているが、心から歓迎してくれている」/ただ、別の防衛省幹部は「いかにアメリカを怒らせないで方向性を『日米』から『日英伊』にシフトしていくか、慎重に慎重を重ねて交渉に当たってきた」と打ち明ける〉(「NHK政治マガジン」2023年4月25日)

『たそがれゆく日米同盟──ニッポンFSXを撃て』手嶋龍一

 国防総省の官僚レベルは、アメリカ抜きの三国共同開発を〈心から歓迎〉しているのだろう。しかし、政治レベルで認識が共有されていると見るのは早計だ。とくにトランプ氏が大統領に返り咲いた場合、このような楽観的な見方が通用する保証はない。アメリカの官僚、政権幹部の政治家、連邦議会議員、軍産複合体幹部はそれぞれの思惑で動いている。外交ジャーナリストで作家の手嶋龍一氏(元NHKワシントン支局長)の『たそがれゆく日米同盟』は、のちにF2と呼ばれる支援戦闘機(FSX)開発で日本がアメリカに追い込まれていく過程を描いたノンフィクションの傑作だ。本書で書かれている日米関係の「基本文法」は現在も変化していないと評者は考える。

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source : 文藝春秋 2024年5月号

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