佐々木敦『成熟の喪失  庵野秀明と“父”の崩壊』

第7回

平山 周吉 雑文家

NEW

エンタメ 読書

「成熟」を問い直す

 一瞬、タイトルが誤植では、と勘違いしてしまう。『成熟の喪失』は『成熟と喪失』では? サブタイトルにある「“父”の崩壊」は「“母”の崩壊」では? 紛らわしいタイトルは、著者のたくらみの結晶なのだった。

佐々木敦『成熟の喪失  庵野秀明と“父”の崩壊』(朝日新書)1320円(税込)

「いわば本書は、庵野秀明の作品の読解を通して、江藤淳の『成熟と喪失』を書き換える野心を持っていると言えます」

「本書は、庵野秀明と江藤淳という二つの固有名詞を足がかりに、日本社会における「成熟(大人)」のすがたを問い直そうとする長編論考です」

「本書を読まれるにあたって、庵野秀明、そして江藤淳にかんする事前の知識は、ほぼ必要ありません」

 アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の監督であり、自他ともに認める「重度のおたく」庵野と、戦後日本を「ごっこ」と全否定し、「他者」と「成熟」を説いた「保守反動」の批評家江藤。この組み合わせの妙はある程度、予想できる。『成熟と喪失』は、フェミニスト上野千鶴子の評価を受けて、読み継がれてきた。上野の焦点は「“母”の崩壊」にあった。本書の著者・佐々木敦にあっては、焦点は「成熟」にある。

 佐々木は本書が出るころ、自分が還暦を迎えると書いている。東京オリンピックの年、昭和39年(1964)生まれで、4歳上の庵野は安保の年、昭和35年(1960)生まれ。「新人類」とも言われた「おたく」世代も永遠に若いわけではない。若いどころか、「死に支度」をしなければならない年齢になっていた。自分ではいつまでも年をとらないつもりのまま、いつのまにやら老い衰えてゆく。それは戦後の日本人全体の傾向ともいえる。

 佐々木は庵野作品の道程に「成熟」への強迫観念を見る。「母に別れを告げ、父と和解し、自分の子の母となる妻を得る」という「成熟」を。しかし、その「成熟」は急ごしらえだった。その庵野が、昨年公開された実写映画「シン・仮面ライダー」に至って、「成熟」から解き放たれたとする。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
新規登録は「月あたり450円」から

  • 1カ月プラン

    新規登録は50%オフ

    初月は1,200

    600円 / 月(税込)

    ※2カ月目以降は通常価格1,200円(税込)で自動更新となります。

  • オススメ

    1年プラン

    新規登録は50%オフ

    900円 / 月

    450円 / 月(税込)

    初回特別価格5,400円 / 年(税込)

    ※1年分一括のお支払いとなります。2年目以降は通常価格10,800円(税込)で自動更新となります。

    特典付き
  • 雑誌セットプラン

    申込み月の発売号から
    12冊を宅配

    1,000円 / 月(税込)

    12,000円 / 年(税込)

    ※1年分一括のお支払いとなります
    雑誌配送に関する注意事項

    特典付き 雑誌『文藝春秋』の書影

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2024年9月号

genre : エンタメ 読書