「成熟」を問い直す
一瞬、タイトルが誤植では、と勘違いしてしまう。『成熟の喪失』は『成熟と喪失』では? サブタイトルにある「“父”の崩壊」は「“母”の崩壊」では? 紛らわしいタイトルは、著者のたくらみの結晶なのだった。
「いわば本書は、庵野秀明の作品の読解を通して、江藤淳の『成熟と喪失』を書き換える野心を持っていると言えます」
「本書は、庵野秀明と江藤淳という二つの固有名詞を足がかりに、日本社会における「成熟(大人)」のすがたを問い直そうとする長編論考です」
「本書を読まれるにあたって、庵野秀明、そして江藤淳にかんする事前の知識は、ほぼ必要ありません」
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の監督であり、自他ともに認める「重度のおたく」庵野と、戦後日本を「ごっこ」と全否定し、「他者」と「成熟」を説いた「保守反動」の批評家江藤。この組み合わせの妙はある程度、予想できる。『成熟と喪失』は、フェミニスト上野千鶴子の評価を受けて、読み継がれてきた。上野の焦点は「“母”の崩壊」にあった。本書の著者・佐々木敦にあっては、焦点は「成熟」にある。
佐々木は本書が出るころ、自分が還暦を迎えると書いている。東京オリンピックの年、昭和39年(1964)生まれで、4歳上の庵野は安保の年、昭和35年(1960)生まれ。「新人類」とも言われた「おたく」世代も永遠に若いわけではない。若いどころか、「死に支度」をしなければならない年齢になっていた。自分ではいつまでも年をとらないつもりのまま、いつのまにやら老い衰えてゆく。それは戦後の日本人全体の傾向ともいえる。
佐々木は庵野作品の道程に「成熟」への強迫観念を見る。「母に別れを告げ、父と和解し、自分の子の母となる妻を得る」という「成熟」を。しかし、その「成熟」は急ごしらえだった。その庵野が、昨年公開された実写映画「シン・仮面ライダー」に至って、「成熟」から解き放たれたとする。
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source : 文藝春秋 2024年9月号