「普遍的なものを言い当てていた」元NHKアナウンサーが仕事の支えにした一冊

第4回

山根 基世 フリーアナウンサー

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各界で活躍する”達人”たちが、人生を変えた「座右の書」を紹介する新連載。達人たちはどのような本を読み、どのような影響を受けてきたのか、その半生とともに振り返る――。第4回は、女性初のNHKアナウンス室長を務め、現在はフリーアナウンサーとして活躍する山根基世さんが登場。

(取材・構成 稲泉連)

山根基世氏 ©文藝春秋

山根基世(やまね・もとよ)

1948年生まれ。山口県出身。防府高校、早稲田大学を経て、71年にNHKに入局。3年間の大阪勤務を経て、74年より東京勤務。05年6月には女性初のアナウンス室長に就任。07年にNHKを定年退職し、有限責任事業組合(LLP)「ことばの社」を設立する。同組合が解散後はフリーランスとして各地で活動を続ける。09年に徳川夢声市民賞を受賞。22年にはナレーターを務めたNHK番組『映像の世紀バタフライエフェクト』が菊池寛賞を受賞する。著書に『感じる漢字』(自由国民社)、『ことばで「私」を育てる』(講談社文庫)など。

身体とつながる読書体験を求めて

 私は山口県の防府の出身で、父親はダムを作る仕事をしていました。そんな父親の仕事の関係で、小学3年生のとき、町から車で2時間ほど行った山奥の分教場にいたことがあるんです。その田舎の小さな小学校には、教室の両脇に本が並んでいるだけの図書室がありました。1年で転校することが分かっていたから、「ここにいる間にある本をぜんぶ読もう」と放課後に毎日図書室にこもったことをよく覚えています。

 というのも、田舎の学校だから同級生と野山を駆け回って遊ぶのだけれど、農繁期になるとクラスメートたちは家に帰って農作業の手伝いに駆り出されてしまう。私だけ他にすることもないし、母がちょっと口うるさいところがあったので、家にも帰りたくなかった。それで、とにかく私は図書室にこもることにしたんですよ。

 そのときに読んだ本の内容は、不思議とあまり記憶に残っていないんです。でも、図書室の隅っこに座り、冷たい木の床にオシリをぺたんとくっつけて、本を膝に載せてじっと読んでいたあの時間が、何よりも楽しかったという感覚は胸に焼き付いていて――。日が暮れ始めると先生がやってきて、「ああ、またいるの。早く帰りなさい」と言われて帰宅する。当時の私は図書室と本がなかったら、本当に毎日が楽しくなかっただろうなァ、と思います。いまから振り返ると、それが私と「本」との出会いの時期だったのでしょうね。

 観念的な本はそれほど読まなかったのですが、幼い時に読んだ『フランダースの犬』や『宝島』といった物語は本当に大好きでした。人の心の中に残る本というのは、泣いたり、胸を躍らせたり、身体の芯の部分が反応した作品なのでしょうね。とりわけ私にとってはそうで、だから、「本」は身体で感じるもの、という思いがあります。お腹の底に響いたり、胸が絞られるようになったりという「身体とつながるような読書体験」を与えてくれた本が、ずっと自分の心に残って積み重なってきた気がします。

髭がうなじにあたるような……

 その意味で忘れられないのが、防府市の中学校に通っていた2年生の時、昔は文学少女だった母に勧められて読んだマーガレット・ミッチェル著『風と共に去りぬ』ですね。もともと赤い色をしていた硬い表紙の上下巻の本は、家の本棚に置かれているうちに中の紙が、ほとんど茶色になっていました。

 これが、読み始めると止まらなかった。すっかりスカーレット・オハラの物語の世界に魅了されてしまったんです。学校では窓際の席だったので、木の窓枠に掛かっていたキャラコのカーテンに隠れて、授業中もずっと読んでいた。

 それまでの私は本が好きだと言っても、外で走り回って遊ぶのと同じ「娯楽」の一つでした。でも、『風と共に去りぬ』は私と本というものの距離を、決定的に縮めてくれた一作になりました。

 あの物語にそれだけ熱中したのは、私が14歳という年齢だったことが大いに関係していると思います。

 14歳頃というのは、性に目覚める時期でしょう? だから、その頃に夢中になった本は『嵐が丘』や『ジェーン・エア』、『ノートルダムのせむし男』とか、どこかセクシャルさを感じさせるものが多かった。なかでも『風と共に去りぬ』では、レット・バトラーの描写にすっかり痺れてしまって、読んでいると彼の髭がうなじの辺りに当たるような気がして、文字通り生理的な快感があった、というのかな。以前、瀬戸内寂聴さんが何かの本で「人間が生きていく喜びは、食べること、セックスをすること、そして、読むことに尽きる」みたいな話を書いておられたけれど、まさにそんな感じです。全身で喜びを感じる読書があるんだ、と『風と共に去りぬ』は教えてくれたわけです。

体系化されたアナウンサーの「話し言葉」

 山口県の高校を卒業後、東京に出て来て早稲田大学に通い、1971年にNHKに入局してアナウンサーという仕事をするようになりました。

 10代から20代にかけて、私にはとにかく経済的に自立したいという強い願望がありました。というのも、さっきも言ったように母が少し支配的なタイプで、洋服を一緒に買いに行っても自分の着せたい服しか買ってくれないような人で……。母の選んだ洋服を着るのが悔しくて、自分で自分の着たい洋服を買えるようになりたい、とずっと思っていたんです。だから、就職の時もなるべく長く働けそうな仕事を探しました。

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