脚本家・山田太一(1934〜2023)は『男たちの旅路』(昭和51〜57年)、『ふぞろいの林檎たち』(昭和58年)などテレビドラマの傑作を数多く世に送り出した。自宅を仕事場としていた父の姿を長男の石坂拓郎氏が回想する。
部屋のゴミ箱に突っ込まれた分厚いシナリオ原稿の束。それが僕が父・山田太一を「プロの脚本家なんだ!」と意識した最初の光景です。
父の職業が脚本家であることは、小学校の頃には理解していました。毎朝、決まった時間に食事を摂り、12時に昼食、その後、少し書いて、散歩。帰ってきて改めて執筆。夕食後も9時まで書くという生活を堅持していて。母から執筆の邪魔になるからと仕事部屋を覗くのも禁じられていました。でもこっそり覗くと、寝転んでテレビを見ていたり。また、部屋から時折、感情を込めてセリフを読み上げる父の声が聞こえてきたりすることもありました。そんな折に棄てられた原稿を発見したんです。父は演じる俳優を頭に思い浮かべてドラマを紡いでいきます。ですから、配役が変更されると、一から書き直す方が早いと、出来た原稿をあっさりと棄ててしまう。子供心に「せっかく頑張ったのをゴミにしちゃうのかあ」と、普段優しい父の思いきりの良さに驚かされました。思えば仕事になると、激情家で頑固な一面を隠すことがなかった。電話口でテレビ局の人に声を荒げていたり、芝居の稽古場から帰ってくるなり寝込んでしまったこともあります。母は僕に「怒りすぎて絶望しちゃったのね」と声を潜めて教えてくれました。
脚本の基礎は松竹助監督時代の師である木下惠介監督から叩きこまれたとよく話してくれました。木下監督が脚本を書く際は口述筆記で、父は言葉を写し取る係でした。監督が熟考している間は自分で考えを巡らし、“監督の正解”と照らし合わせることで筆力を高めていったそうです。また、父はきっちりと取材をする脚本家でした。対象となる時代・土地・人物を文献だけではなく、ネタ帳片手に足を使い丹念に取材していました。加えて独特のプロデュース力も備えていた。依頼された仕事を「いいですよ」と引き受けておいて、全く注文と違う作品を渡したことがあります。それが大河ドラマ『獅子の時代』(昭和55年)です。1867年のパリ万国博覧会に徳川慶喜が派遣した使節の一員だった会津藩士と独自に来ていた薩摩藩士を主人公にしてオリジナルの脚本を生み出した。架空の人物で大河をやってしまう。そのひねくれた感性が脚本家として素晴らしいと思います。
“書く仕事が全て”だった父だから、生活力はほとんどありませんでした。やりたい仕事なら報酬も気にせずに受注してしまう。母が家事だけでなく、父のマネジメントまでしていました。アナウンサーのキャリアを諦めて父と結婚した母は、“山田太一のナンバーワンのファン”。新しもの好きで感度が高く、父が書いている脚本に「それは古いわ」と意見することもしばしば。父はそれを吟味して採り入れていました。周囲の会話にも敏感で外出先で耳にしたこともドラマに使う。我が家も例外ではなく、家族で父のドラマを見ていたら、「うわ! 俺のセリフだ」ということも。受験期の僕が喋った内容が劇中で使われていたんです。姉や母が怒る姿もそのまま描かれていて、迷惑半分で感心しました。
散歩が好きな父は浅草へはフラッとよく出かけていました。浅草は少年時代、戦時中に強制疎開になるまで家族で過ごした場所です。11歳で終戦を迎え、早くに母と3人の兄を亡くしたので、浅草に幸せな記憶が残っていたのでしょう。ある日、浅草の寄席で耳にした咳払いから過去の記憶が蘇り、死んだはずの両親と浅草で再会する小説『異人たちとの夏』(昭和62年)に結実します。英語にも翻訳され、イギリス映画『異人たち』にもなりましたが、海外では脚本家として知られていないため、ファンタジー作家と認識されているようです。確かに父は小説を書く時には、リアリズムのドラマでは描けない空想的な題材を選んでいたように思います。
父は『岸辺のアルバム』(昭和52年)などのホームドラマを多く残しました。その原点は「団欒を知らなかった」ことにあると思います。父の両親は食堂を切り盛りするのに忙しく、一般家庭の一家団欒はありませんでした。そんな父は母と結婚して初めて団欒を体験し、家族で食卓を囲んだりすることに新鮮な驚きを覚えたんだと思います。だからこそ、時代に応じて、観た人の心に深く残る、型に嵌らないホームドラマをフレッシュな視点で書き続けられたのではないでしょうか。
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