山田太一「時は立ちどまらない 東日本大震災三部作」

角田 光代 作家
エンタメ テレビ・ラジオ 読書

最晩年の傑作

 高校生のときからずっと、私は山田太一さんのドラマのファンである。熱心に見ていたと自分では思っていたけれど、そうでもなかったと、本書が出版されて思い知った。

 本書におさめられた3作は、東日本大震災のあとに放映された、山田太一作のドラマ台本である。私はこれらを見ていないばかりか、放映していたことすら知らなかった。

山田太一『時は立ちどまらない 東日本大震災三部作』(大和書房)2420円(税込)

 老築化した団地に住まう老人たちと、旅先で大震災に遭遇した若い男女の交流を描く「キルトの家」は2012年、震災による被害の有無が、婚姻によって縁のできるはずだった2家族を分けてしまう「時は立ちどまらない」は2014年、ダンスをする女子中学生と、謎だらけの中年男性の、奇跡のようなかかわりを描く「五年目のひとり」は2016年の放映である。

 作品の冒頭に、役名と、演じた俳優名が記されている。これだけでもう、書かれた言葉の一言一言が、それぞれの俳優の肉声となって脳内に再生される。私の知っている俳優も知らない俳優も、いつしかその役柄そのものになり、動き、出会い、話し、照れ、涙し、笑い、心を通わせていく。その光景が、戸惑うくらいにはっきり見える。台本の力の凄みを感じる。

 いずれの作品も、2011年に起きた東日本大震災が題材となっているが、描かれているのは、人と人とのかかわり――しかも、ふつうならコミュニケーションを取らない世代同士のそれである。高齢者と若いカップルや、50代の男性と中学生が、ふとしたことで言葉を交わし、おたがいを知っていく。あるいは、ふつうなら親戚づきあいをはじめたはずの人たちに、乗り越えられない亀裂が生じてしまう。

 震災から3年たとうが、5年たとうが、かなしみから抜け出せない人がいる。まだ大声で泣けない人がいる。家族親族すべてを失った人も、旅した先でたまたま震災に遭遇した人もいる。何もなくしていないから、かなしむ資格がないと自分を責める人がいる。自分より多くを失った人がいると、かなしむことを遠慮する人がいる。

 それぞれ、どこでどんなふうに震災を体験したか、しなかったかによって、かなしみは異なる。その差異を、作者は残酷なほどはっきりと描く。しかしながら、彼らが世代や環境の分断を超えて、なおわかり合おうとするとき、それを可能にするのは、その、個々人の異なるかなしみしかないのである。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2024年7月号

genre : エンタメ テレビ・ラジオ 読書