「大川原化工機」冤罪事件で露呈した公安警察の劣化

前代未聞の国家機関による人権弾圧

南 隆 元警察庁・内閣審議官兼内閣情報調査室審議官
ニュース 社会

 冤罪事件は過去少なからず存在する。だが、大川原化工機事件は、警察当局により故意的に創出されたこと、またその暴走を抑止できなかった関係省庁を含め、基本的人権の弾圧に加担した国家機関は広範囲に及ぶという点で前代未聞である。民主主義国家において期待される「捜査と人権」からはかけ離れた権力行使が長期間展開される結果となった。

 まずは、事件の概要を振り返っておこう。2017年頃警視庁公安部外事第一課は、生物兵器に転用可能な噴霧乾燥機を無許可で中国に輸出したとする容疑で、大川原化工機を対象とした3年に及ぶ捜査を展開、2020年3月に社長以下3名を逮捕した。起訴後勾留は実に300日以上に及んだ。勾留された会社相談役は、がんを発症し死亡した。凶悪犯でもあるまいし、保釈も認められず治療行為が遅きに失した死は、特別公務員職権濫用罪も問擬できる暴挙と言えよう。

 しかし、公訴提起から約1年余、第一回公判直前に検察官は起訴を取り消し、冤罪が確定する結果となった。会社側が提訴した国賠訴訟では、警察、検察の捜査の違法性が認定されたが、双方控訴中である。証人尋問で捜査は「捏造」であったとする警察官証言が飛び出したことも、極めて異例であった。

 わずか1日でも警視庁当局が会社側の説明を聞き入れ、予断を持たず誠実に機器の温度実験を実施していれば、潔白は判明したという。当初経産省も許可申請は不要であるとしていた。会社側も警察に協力し、任意取り調べは計291回に及んだ。しかし、警察は聞く耳をもたず、真実を隠蔽、偽計を用いた取り調べまで敢行し、当初のシナリオにしがみついた。3年余にわたり相当の捜査体制を維持し、時間と予算の無駄使いをしてまで人権を蹂躙した。そして、未だ誰一人責任をとろうとしていない。

画像はイメージです ©Nobuyuki_Yoshikawa/イメージマート

 今回の冤罪事件の背景として多くの識者は、わが国政府が推進しようとしている「経済安全保障」のアドバルーンとして利用されようとしたと指摘しているが、疑いのないところであろう。大川原関係者3名逮捕の一か月後には国家安全保障局に「経済班」が設置されている。本来は抑制すべき立場にある検察、裁判所もこうした「空気」を察知、その流れに抗することは不利益になるとの役人気質が働いた結果となったことは想像に難くない。司法の行政化現象である。

 筆者は警察庁で公安畑を歩んできたが、今回の事件捜査に関し、警視庁外事一課の幹部OBの方から「昔ならあり得ない恥ずべき事件」との手紙をいただいた。

 本件について警察の重大な過失は3つある。第一に、少しでも外事警察の本旨を理解している者であれば、大川原化工機事件は、外国スパイを対象とする外事事件とは無縁の特別法違反容疑事件であり、本来は生活安全部門の事件と判断したであろう。東西冷戦下のココム規制に源流があるため、現在も外事部門が所管しているのであろうが、輸出先で軍事目的に利用されたなどの情報がありはじめて着手するのが常道であった。今回、生物兵器に転用されたという具体的容疑性は全く存在しなかった。聞けば輸出先は中国とはいえドイツ系企業の子会社であったとのことである。友好国ドイツの捜査当局に照会すれば容易に実態が判明したはずだ。韓国輸出に関する追起訴は、当時韓国が「ホワイト国」から除外されていたことも影響したのであろう。

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