除菌、滅菌、殺菌……。これらは、特にここ数年間で頻繁に耳にするようになった単語である。新型コロナウイルスによるパンデミックが発生したことで、私たちの衛生意識はこれまでになく高まった。しかし、目に見えない微生物との繋がりを完全に断ち切ることは、私たちの健康にとって本当に望ましいことなのだろうか。
細菌や、カビやキノコといった菌類、原生動物など(場合によってはさらに小さなウイルスも含め)、人の目で識別することができないほど小さな生物を総称して微生物と呼ぶ。ここでは主に細菌類にフォーカスしていく。
現在知られている微生物の種数は1万種類以上であるが、未発見のものを含めると数十万~数百万種に達する可能性があるとされている。小さく数の多い微生物を特定し、分類する作業は多くの時間と労力を要するため、種類やその生態は全体の一部しか解明されていない。
そのなかでも、最近の研究によって、特に「都市部の住環境における微生物の多様性が低下している」ことがわかってきている。微生物の多様性とは、ある環境中にどれほど多様な種の微生物が存在しているかという指標である。種類の多さだけでなく、系統的に遠い種が存在することや、特定の種に偏ることなくどの種も相当量が存在することも微生物の多様性が高いと評価される要素となる。

ではなぜ都市部の住環境において微生物の多様性が低くなっているのか。多様な微生物が生息するためには、微生物が生きる糧を得るための環境も多様である必要がある。「環境」とは、そこに生きる動植物やその周囲にある生物以外のもの、たとえば土や温度、光などで複合的にできあがったものだ。
だが、現在の都市の構造上、非生物的環境が単調で、そこに生きる動植物も極端に少なく、結果として微生物の種数も量も少なくなる。そして室内の環境は人の活動によって放出された常在菌ばかりが多くなるため、微生物の多様性はさらに低下する。そこにコロナ以後の「無菌であることがすなわち衛生的である」という風潮が加わり、除菌や殺菌が必要以上に行われることで、住環境中の微生物多様性の低下に拍車がかかっている。
じつは、この微生物多様性の低下には、いくつかのリスクが指摘されている。そのひとつが「衛生仮説」である。これは、生物多様性仮説やオールドフレンズ仮説とも呼ばれるが、免疫システムの発達とアレルギー疾患に関する仮説である。非常に簡単に述べると、この仮説では清潔な環境で育った子どもは、そうでない環境で育った子どもにくらべ免疫が十分に発達せず、アレルギーや自己免疫疾患のリスクが高くなるとされる。詳細な因果関係はいまだ解明されていないが、幼少期に曝露する微生物量との間に相関関係があることが報告されている。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
初回登録は初月300円・1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
電子版+雑誌プラン
18,000円一括払い・1年更新
1,500円/月
※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
- 電子版オリジナル記事が読める
source : ノンフィクション出版 2025年の論点

